恋のお試し期間


「ケーキ」
「……ケーキだったんだね。…凄い、…美味しそう、だね」

一見すると生クリームの山にフルーツが散在している謎の真っ白な物体。
佐伯は複雑な表情をみせつつも否定はしないでスプーンで掬って食べる。

「…美味しい?」
「うん…」

甘い生クリームの味しかしない。

「よかった。私だって頑張ればこれくらい出来るんですよ」
「……」
「ね。慶吾さん。だからたまには私も料理がしたいです」
「……あ。うん。…そう、だね」
「ほんとに!じゃあさっそく今日の夕飯を」
「待って里真。まずはこっちを食べよう。こんなに沢山あるんだし、一緒にね」

微妙な時間に出してしまったから夕飯はもっと後でもいいだろう。
ちらっと見るとさっきの一口から全く減っていないし。

「うん。美味しい」
「……そ、そっか」

里真も一口食べて満足気。

「慶吾さん夜何がいい?」
「それよりも店で食事にしない?」
「え?でも」
「君がきてくれて嬉しくてさ。
意見を聞かなかったのは悪かったんだけど、予約しちゃったんだよね」
「えええ!」
「ダメならキャンセルする」
「あ。い、いえ。…でも、私、いいですか?こんな格好で」

てっきりもうずっと何処にも行かずにお部屋で過ごすと思っていたからややラフ。
普段から可愛い格好だなんて言わないがそれでも外食となると多少は気にする。
それも彼が予約をするようなお店だから人気で、ちょっとお高い感じのお店に違いない。

「ん?じゃあ、イブニングドレスでも着てくれる?」
「あ、あるんですか!?」
「ツテを頼れば。となると俺はテールコート着ないとダメか」
「い。いいです。…慶吾さんはいいけど、私は遠慮します」
「はは、俺だけ場違いな格好になっちゃうから。やる時は一緒にしようね」
「はい。……いや待ってドレス着る場面なんてないって」

ちなみにいとこの結婚式の際に着たドレスは家族から失笑されました。
何か、七五三みたいだったとか。足が酷いとか。隠せとか。お腹がどうとか。
嫌な思い出が掘り返されたのを必死に埋め戻し。

「で。どうかな。嫌じゃない?一緒に来てくれる?」
「嫌じゃないです。行きます」
「よかった」

ニッコリと微笑んで了承する。ふたりきりで食事もよかったけれど。
あと、夕飯も作れたらよかったけれど。
パンケーキを食べてもらえたしよしとしよう。一口だけだけど。

「先にちょっと片付けをしても」
「いいよ後でやるから。さ。行こう。景色が綺麗な店なんだ」
「素敵。あ。ケーキは冷蔵庫に入れてきますね」

どんなお店なんだろう。彼の選んだ店ならおしゃれで味もいいはず。
里真はワクワクしながら冷蔵庫にしまってさり気なく片付けもして。
佐伯と共に部屋を出る。

食べ物につられてすっかり当初の目的を見失っていることにも気づいていない。

街を抜け30分ほどで目的のお店に到着。
普段通り過ぎるだけの高級ホテルの最上階にあるお店。確かに景色はいい。
けど、やっぱりちょっと格好が場違いだったかもしれない。


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