恋のお試し期間
「お友達ですか」
「そんなんじゃなくて、まあ、知人くらいかな」
食事中もやたら視線を感じていた里真。振り返っても何もなくて。
気のせいかと思っていたら会計を済ませる際にその視線の主らしき女性が寄ってきて
佐伯と話をしはじめた。
それはもう楽しそうに。里真の存在なんか無視で。
彼女ならイブニングドレスでもどんな格好でも着こなしそうだ。常に微笑んで、
彼もそれに合わせるように笑っていて。自分は場違いな気がして。
でもちょっと不愉快。
「綺麗でしたね」
「身なりには気遣っていると思うよ。モデルさんだから」
「あーね」
やっぱりそういう人か。似合ってたもんな、2人揃って立っているだけで。
「同級生の妹さん。だからちょっと面識があるだけだよ」
「へー」
「里真。そんな怖い顔しないで」
「…どうせぶっさいくですよーだ」
ついでに体もあんなスリムじゃないですよ。足も短めですよ。
「君だって昔の知り合いに会うことあるでしょう?その程度だよ」
「……」
自分の知り合いにモデルとか居ませんけど。とは、流石に口には出さなかった。
ホテルを出て車に戻っても何となく不機嫌な空気になってしまう。
お腹いっぱいでいい気分だったのに。帰ったらあのケーキが待っているのに。
「おもしろいね」
「え」
シートベルトをしようと手を伸ばしたら佐伯の体が上に来て勝手にシートを倒された。
目をパチパチさせて何が起こったのかわかっていない里真と上で見つめる佐伯。
駐車場の中は薄暗く時間もあってそんな人気もないけれど。
「他の女と話してるのが嫌なら、話さないでと言えばいい。そうしたら俺話さないよ。
君が嫌なことはしないから。言ってくれたらいいだけなのに。君は何も言わないんだ。
そうやってただ不機嫌になっているだけ。俺を責めるような視線を向けるだけ」
「そ、そこまで睨んでません」
「嫌なんじゃないよ。ただ、俺は何時も君の事を優先しているつもりなのになって。
不思議に思っただけ」
「そんな。話をするくらいなら、慶吾さんは昔から友達が多かったけど
その、私、あんまり慣れてないから」
仕事上どうしても人との関わりは消せない。
そして容姿が良くて正確も明るく優しいから人を惹きつける。
のは、分かるのだがよってくる女のレベルが高過ぎるというか。
自分に自信がないだけかもしれないけど。
何時奪われてもおかしくはない、そんな不安感がどうしても付きまとう。
実際過去に自分が付き合った男を違う女にあっさりと奪われた苦い最悪な経験もあったりする。
「でもね。里真。俺、昔からずっと君だけが好きだったよ。たまらなく、里真が欲しかったよ」
「……」
おでこにキスをされながらのこのセリフは不味い。
顔がだらしなく緩んで真っ赤になって体が熱いし。
「…今ももちろんね」
「……慶吾さん」
彼の微笑む顔がなんだか何時も以上に艶っぽく、でも何処か意地悪く。
「……帰ろうか」
「は、はい」
絶対このまま何かすると思ったのに。いがいにあっさりと引いた。
「帰って里真のケーキを食べないとね」
「そ、そうですね。たっぷりありますから」
「…で、そのまま里真もいただくと」
「え」
「さあ帰ろう」
後日。
あれだけ息巻いていた里真だったが
友人に「二度とパンケーキは作りません」と真顔で言ったという。
「……」
「ん?なあに」
「慶吾さんはどういう女の子が好みですか?」
「そうだな。やっぱり、………え。そういうの聞く?」
「聞く」
「彼女に聞かれるとちょっと返答に困るけど。
そうだな。……あ。里真、ケーキ食べたくない?」
「なんて露骨な」
「食べたいよね?」
「食べたいです…」
【終わり】