恋のお試し期間
「里真。料理の本机に置きっぱなしだったわよ。読まないの」
「明日から本気出す」
「なにそれ」
あんなにやる気だった料理もオシャレも途端に気力が失せてしまう里真。
連絡がないのなら此方からもすることはないだろうと携帯の電源を切って眠りにつく。
何で敢えてこんな事をしているのか。
即座に佐伯の告白に乗らなかった癖に
まるでヤキモチみたいな苛々を堪えながら。
「もしかして俺、ウザかったとか?」
「え?」
「昨日の夜、君に電話しようと思ったら電源切れてたでしょ。
それって…俺の電話取りたくないって意味かなって思ったんだけど」
「そういうわけじゃ」
朝、彼からのメールをみて少し早めに家を出て店へ向かう。
お昼から開店するから朝は閉まっている。けれどノックしたら開けてくれた。
中は薄暗くバイトの姿も無い。静かなものだ。そこに里真と佐伯だけ。
彼は少し困ったような顔をしていた。
「君に会えなくてもせめて声だけはって我侭だったかな。ごめん。反省する」
「そういうんじゃないですから。ただ、なんとなく。そんな気分だっただけ」
会えない日は声だけでも、そう言って電話をしてくれる彼。
だから彼からのメールや電話があるかもというのは頭にあった。
でもそれでも電源を切ったのはやっぱり彼に対して怒っていたからか。
そんな昔の事で嫉妬しているなんて。恥かしくて佐伯には言えない。
「そういう…気分」
「私そういうのあるんで。気にないでください」
「…誰か邪魔されたくない相手と居た、とかじゃなくて」
「そ、そんな訳ないでしょ!親に聞いてもらえばすぐですから。私はまっすぐに」
「はは。冗談だよ。里真はそんな子じゃないって分かってるから」
「もう」
「だけど。寂しかったよ。…君に拒絶されたのかと思って。怖かった」
「そんな訳。…ないですよ」
里真はちょっとだけ近づいて佐伯の手を握った。
「…なら、よかった。ありがとう里真。来てくれて」
嬉しいよ、と言うと佐伯はその手を引っ張って里真を抱き寄せる。
ぎゅっと抱きしめられて頭に幾つもキスされた。もちろん顔を上げて唇にも。
せっかく化粧したのに取れてしまいそうなくらいの濃厚なキス。
「そろそろ会社行かないと。また来ます」
「週末楽しみにしてるからね」
「はい」
「笑顔が可愛いからもっとキスしよう」
「慶吾さん。ほんとに時間なくなる」
「…分かった。じゃあ。がんばって」
「はい」
やっと彼の腕から解放されて店から出る。早足でバス停へと向かった。
「寝坊か?」
「矢田さんみたく体育会系じゃないんで。ついつい」
「それはともかく。頭ボサボサだし化粧も酷いぞお前。それで会社行く気か」
「う。直しますよバスの中で」
「迷惑行為甚だしいな。お前らしいけど」
「矢田さんの中で私ってどんだけ馬鹿なんですかね」
「さあ。そこまでお前に興味もない」
「……」
途中矢田と合流して案の定格好の酷さを突っ込まれつつ会社へ。
バスの中でと思ったが隣の視線が気になって会社のトイレで化粧と髪を直した。
「里真みてみて。あんたの家の近くのお店雑誌に紹介されてる」
「安い上に美味しいもんね」
「オーナーはかっこいいし。優しいし。あんたはいいよね、近所だもん」
「…雑誌取材なんて言ってなかったのにな」
「え?」
「ううん。すごいね。これでまたお客さんきそう」
「来るでしょ。今でも人気なのに。あーあ。あんまり目立って欲しくないな」
「だよね。私の憩いの場であって欲しい」
「何が私の、よ」
席につくと直ぐに同僚がグルメ雑誌を持ってきて興奮気味に佐伯の話し。
もしかして連日彼が忙しそうにしていたのはこの所為だろうか。
そして今後も人は増えていくのだろう。
記事はそんな大きくなかったけど。それでも雑誌の効果は抜群だ。
現に目の前の2人がランチに行こうと決めている。
里真は肉じゃがが詰まった弁当だから遠慮しておいたけれど。