恋のお試し期間
「最近帰るの遅いね。会社そんなに忙しいの?」
「いえ。会社は定時なんですけど、ちょっと寄り道してて」
どうせ明日会うのだしそのまま家に帰ろうと思ったけれど。
ちょっとだけでもと彼の店に立ち寄っている自分。既にバーが開いている時間帯で
お客様は多く今日もあまり長居は出来ない。それでも里真に気づいて来てくれた。
「何処に寄り道してるのかな」
「三波の所」
「三波。ああ。あの本屋さんの子」
「そんな他人行儀な言い方しなくても」
付き合ってたんでしょ?と心の中で思う。
「え。なんで、そんな渋い顔するの?」
表情には出してないつもりだったのに思いっきり出ていたらしい。
不思議そうな顔をして里真を見つめている佐伯。
「別に。それじゃ、また明日」
「もう帰るの。今来たのに。せめてお茶だけでもさ」
「明日会うじゃないですか」
「それだけじゃ足りない」
「…じゃあ、コーヒー」
「甘くするね」
「はい」
このまま帰ったら彼に行かないでと抱きしめられそうで。キスされそうで。
彼に甘えられるのは嫌ではないのだが如何せんここは開店中の店内。
お客さんは多いしバイト君たちはオーナーにヘルプの視線を送っているし。
ここは大人しく彼の言うとおりに1杯のコーヒーを飲み終えるまで居る事にする。
友達で酒を飲んだりいい雰囲気だったりするカップルを他所に席についた里真。
「ねえねえ、あの人ってもしかしてオーナーの彼女?」
「えぇえ何かイメージと違う」
「妹…だったりして?」
「え。でも顔似てなくない?」
「だよね」
イメージと違ってすいませんね。
どうせ普通ですよ。
里真は心の中で毒づく。
明るい店内。レトロな内装は親が残したお店を彼が自分の趣味でリメイクしたもの。
里真が幼い頃はもっとこじんまりとしたお店だった。こんなオシャレじゃなかった。
「あ」
コーヒーとクッキーがテーブルに置かれる。でも配膳してくれたのはバイト君。
何時もは佐伯がしてくれるのに。それが普通なのについ声に出してしまった。
「オーナー今忙しいから俺がかわりに」
「あ、い、いえ、いいんです。ありがとう」
申し訳なさそうに苦笑いするバイト君。学生だろう。まだ若い。
「あ、あと。もうちょっと早い時間に来てもらえると…嬉しいかなって」
「あ。やっぱり?すいません混んでる時間に来ちゃって」
「いや、あの。そうじゃなくて。…オーナー物凄い機嫌悪いから」
「え」
「貴方が来てくれない日とかもう」
「松野君。何時までお客様とお喋りしてるのかな?あちらのお客様がお呼びだよ」
「は、はい!失礼しますっ」
いつの間にか背後に立っていた佐伯にビクっと体を震わせ移動するバイト君。
里真もビックリ。
「ゆっくりしてってね。里真」
「は、はい」
にっこりと笑って彼も厨房へ戻っていくけれど、なんでだろうちょっと怖かった。
だけどお仕事中の彼を眺められるのは悪くない。ここはのんびりとゆっくりしよう
と、思ったけれど今日は何故か団体が多くコーヒー1杯で何時までも粘っているのが
大変申し訳ないので手早く飲んで食べて会計。去り際彼に軽く会釈だけした。
「姉貴」
「あれ。裕樹。もしかして迎えに来てくれたの?優しい」
「はあ?姉貴じゃないよ。美玲を送った帰り」
すっかり夜になった空。大丈夫だと思いながらも歩く人が居なくて心細い。
そこに見たことある制服の少年が見えたので声をかけたらやっぱり裕樹。
「なんだ。でもいいや、ちょっと夜道が怖くって」
「……」
「あのさ。その鼻で笑うのやめてくれない?」
「どうせ佐伯さんの店で長居してたんだろ」
「まあ、立ち寄りはしたけど。でも30分も居なかった」
「最後まで居て佐伯さんに送ってもらえばよかったんじゃね」
「やだよ。お腹すくしお風呂入りたいし」
「ひでえ」
笑う弟に何が面白いのか分からないという顔の里真。
2人は家に到着しそれぞれ着替えを済ませ夕飯を食べる。
クッキーを食べてそこまで空腹ではないと思っていたけれど
出された料理はみごと全部平らげた。
「…足と脇と腕と……こ、…ここはいっか。うん。まだいいよね」
明日に備え風呂場で裸になってジョリジョリと無駄毛の処理。
まだえっちまでは許してない。けど、彼の家に行けばそういう流れになるかも。
なんて想像をして緊張する里真だがあまり気張りすぎるとそうでなかった時に
ガックリする。今までそのパターンが何度もあったから。過度な期待はしない。
「里真?どうしたの凄い悲鳴が聞こえたんだけど」
「お、お母さん。私、どうしよう」
「太ったの?」
「そ、そんなストレートな物言いはやめていただきたい!」
「だって体重計乗ってるんだもの」
「これは……べ、便秘だから。ね?」
「どっちでもいいけど早く服を着なさい風邪ひくわよ」
母の顔が思いっきり呆れ顔になっている。けれどそれに構う事は出来ない。
だって裸になって体重計に乗ったらやせるどころかちょっぴり増えているという。
これ以上脱ぐものなんか無い。こんな体で佐伯の家に行くなんて。
本格的なダイエットをしないと不味い。きっと。これは。
「姉貴?人の部屋で何やってんの」
「あんたの部屋にバーベルあったでしょ。かして」
「はあ?何で?」
「鍛えるの」
「姉貴ってさ、ちょっと…馬鹿だよな」
「何で」