恋のお試し期間



「どうしました?」

そこへ気遣ってバイト君。

「あ、あの。…ちょっと話ししません?」
「はあ?」

ここぞとばかりに引き止めて話をする。
もちろん彼が忙しいのはわかっているし、話したいことなんてない。
ただフリでもいいここに突っ立っている理由が欲しい。

今はあの席へは戻りたくないし、佐伯と三波のお似合い具合を眺めていたくもない。

「何となく戻り難い雰囲気なもんで。ちょっとだけ。ね?」
「で、でも。俺も仕事しないと。それに貴方と話してるとオーナーが」
「松野君」
「うっ」
「君にはテーブルの片づけをお願いしたはずだけど、どうしてここにいるのかな」
「す、すみませんすぐに」
「うん。すぐにしようね。すぐだよ。すぐ」
「はいっ」

呼び止めて1分もしないうちにいつの間にか後ろに佐伯が居てびっくり。
バイト君もビックリしたようで青ざめた顔で足早に戻っていった。
いつの間にか三波も居なくて席に戻ってみんなと楽しげにしている。

「呼び止めてまで彼と話したい事があったの?」
「そういう訳じゃ」
「手、掴んでたよね」
「あ、あの」
「…来て」

軽く引っ張られ謎の部屋に入れられる。そこは休憩室のような狭いスペース。
バイト君たちの着替えや在庫状況や発注メモなども置いてあった。
こんな場所があったなんてと関心している場合ではない。

里真は今厳しい表情になっている佐伯の胸の中に居るけれど、

その表情は見えずただ、優しい抱擁。

「慶吾さん」
「実は彼が気になってるとか?」
「まさか。そんなんじゃないです」
「…ほんと?気使わないでハッキリ言ってくれていいよ」

怒っているのかと思ったけれど口調は優しい。

「はい。違います。仲間がゲスい話してたので戻り辛かっただけで」
「そっか。なら、いいんだ」
「慶吾さんこそ。三波と楽しそう。…やっぱり、いい、ですか?」

元カノは。

「何の事?さっきは彼女に店の事で質問されたから答えただけだけど」
「…そう、ですか」
「疑ってる?」
「いえ」
「ほんとかな。里真。俺の目見て。ほら。こっち。駄目だよもっと見て。もっと」

里真をもっとギュッと抱きしめるとオデコをコツンと合わせる。
熱く見つめてきて今にもキスしたそうな顔。でも彼はしない。

「慶吾さんキスしたいだけでしょ」
「うん。したい。ずっと我慢してた。君が可愛くて」
「キス…して、慶吾さん」

里真の言葉を待っているから。了解を得て嬉しそうに唇に吸い付く。
彼女も佐伯の体に手を回しぎゅっと抱きついた。

「…嬉しいよ」

里真から求めたキス。耳元でそう囁かれた。

「……ん。そろそろ戻らないと」
「あんなに男ばっかりだとは思わなかった」
「皆いい奴ばっかりですよ」
「いいやつ、ね」
「ほら。慶吾さんも戻らないと。バイト君たちだけじゃ大変ですよ?オーナー」
「はいはい。分かりました戻ります」
「ふふ。よろしいです」
「可愛いんだから。じゃあ、デザートはサービスで豪華に」
「……」
「あ。ごめん、ダイエット…だったね。謝るから睨まないで」

最後にもう1度キスしてこっそり部屋から出る。
里真が席に戻ると遅かったから大きいほうだと思われたようで
お腹は大丈夫かとか彼を前に緊張しすぎて下したのかとか酷い有様だった。
三次会の話も出ていたが思いのほか遅い時間。明日の事もあると解散となる。




「私、慶吾さんと上手くいく。……かも」
「へえ」

帰り道三波には話しておこうかとさりげなく言ってみる。
でもストレートには言えなかった。やっぱりまだ恥かしい。
それに彼女からしたら嫌味に聞こえるかもしれないし。

「だからさ、ダイエット。がんばるんだ」
「ほんとにあの人が彼女居ないと思ってんの」
「え」
「さっき聞いたんだ。ほんとは居るんだって。彼女」
「…え。え。え」
「ま、そういうもんだよ」

三波は淡々と言うけれど。これってもしかして大問題では。
里真は体が凍りつくような思いがしたが堪え歩く。
彼女が居るってどういう意味だろう。


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