恋のお試し期間
「ああ。裕樹君?佐伯だけど。うん、お姉さんのお迎えをお願いしたいんだけどさ」
「ちょ、ちょっと!佐伯さん!何で」
「泥酔まではしてないけど。ちょっと危なっかしいから、うん。お願します」
笑ってたら相手は真顔で携帯を取り出して問答無用で弟に電話。
10分もしないうちに申し訳なさそうに弟が店に来て姉を連れて帰る。
佐伯はまたのご来店を、なんて笑いながら手を振っていた。
「姉貴さ、いい歳して佐伯さんにタカるのやめろよ」
「た、タカるってなによそれ」
「もうお互い大人なんだから。昔みたいに兄さん兄さん甘えるのはかわいそうだ」
そういうと弟は呆れたようなため息を何度もする。
こっちだって好きでヤケ酒なんかしてない。
でも確かにあの人に甘えすぎなのは自分でも自覚がある。
彼はただ近所に住んでいて幼い頃は弟も含め一緒に遊んだりしたけど、
大人になるとオーナーとお客様以外の関係は無くなった。
「分かってるよ。でもさ、現代社会は色々と苦しい事悲しい事があって」
「またフラれたんだろ」
「誰から聞いたの」
「聞かなくても分かるって」
今度は馬鹿にしたようなため息。
「裕樹君だって何時まで美玲ちゃんとラブラブかねえ」
「はあ?怒るぞ」
「いいねえ青春だわー…」
「姉ちゃんの青春はダイエットだったもんな」
「それは言わない約束でしょ」
「いいじゃん。がんばって成功したんだし。最近ちょっと太り気味だけど」
「最後だけ余計だぞ」
話をしている間に家について父母にまで「フラれたのか」と図星で。
この家の人間は皆超能力でもあるのだろうかと本気で疑った。
皆いわく、お前は顔に出やすいとのこと。単純って意味だろうか。
その日は風呂に入って髪を乾かせないままにベッドに潜り込んで寝た。
「いらっしゃいませ。休みの日に来てくれるなんて珍しいね、ランチ?」
翌日。本当はもっと早い時間に行きたかったのに寝てしまってお昼の混む時間。
彼のお店は昼もランチで賑わう。休日は特に女性が多い。
店に入るなり彼が里真の傍に来るものだからその女性客の鋭い視線を浴びる。
「佐伯さんにこれ」
「ん。なんだろ」
席につかず急いで箱を渡す里真。
「ハンカチ。あ。別にケチったわけじゃなくて。よく分からなかったから」
「えっと。俺の誕生日今日だったっけ?」
「誕生日は知らないけど、これは日ごろの感謝の気持ちというやつです」
「あそうなの。いいのに」
「それじゃ」
「もう帰るの?食べてって。今日は里真ちゃんの好きなハンバーグプレートだよ」
皆が食べているハンバーグ。いい匂いすぎてヨダレが出そう。大変心惹かれるけれど
彼の後ろからビシバシと冷たい視線が里真の体に突き刺さって怖くて仕方ない。
カッコイイ優しい爽やかと三拍子揃ったオーナーシェフ目当ての客が多いとは聞いていたが、
まさかここまでとは。席につこうものならこの視線にずっと晒される事になる。
「ごめんなさい。時間ないから。また来るんで。それじゃ」
そんなの怖いしきっとおいしくない。適当に理由をつけて店から出る。
逃げるように早足で。もったいないけどまた今度。今日は家で食べよう。