恋のお試し期間
ひどい。ひどい。あんまりだ。
「誠人がいけないのよ。ちゃんと前みて歩いてないから」
「いや、だってこいつが行き成り角から突っ込んでくるから」
「でも泣くほど痛がってるじゃない。大丈夫?ごめんなさいね」
「い、いいえ…此方こそすいません」
感傷に浸る間もなく今度は突然現れた何かと激突し顔とお尻に痛みが襲ってきた。
家に帰ろうとダッシュでそれも目に涙を溜めていたから視界が不明瞭で。
角を曲がったらまさかの帰宅中の矢田に体当たり。顔面強打の上に地面にしりもちをつく。
倒れた里真を起こして優しく介抱してくれたのは恋人の美穂子。
「今度から注意して走れよ」
「はい」
「もう。そんな言い方しなくてもいいでしょ」
「いいんだよ。ほら、行こう」
「何それ。何て冷たいの!」
「あのなあ。……じゃあ、詫びにそこでジュース買ってやるついてこい。
すぐ戻るから美穂子はここで待っててくれ」
「いいですよそんな」
「何かしないと美穂子が納得しないからな。ほらこい」
呆れたような顔をしながらも傍にある自販機に里真を連れて行く矢田。
欲しいのは何だと聞かれお茶を選ぶ。これでもダイエット中だ。
もうそんなのいいのに、つい選んでしまった。未練がましいだろうか。
「ありがとうございます」
「何があったか知らないけどさ。メソメソしてもしょうがねえだろ。元気出せ」
「矢田さん」
お茶を里真に渡すと視線は自販機のままで言った。
あまりに自然に言うからちょっとビックリ。
もしかして走りながら泣いていたのを気づいていたのか。
「お笑い要員がそんな湿っぽいと面白くないんだよ」
「ですから私にはお笑い要素なんてないですから」
「今の顔も中々面白いけどな。…じゃ。また来週」
「あ。ど、ども。美穂子さんによろしく」
ペコっと頭を下げると彼は手を上げて恋人の下へ去っていく。
その去り際、振り返る事無くボソッと言った。
「気が向いたらまた飲みにでも誘ってやるよ」
里真がもう1度ペコっと頭を下げると今度は美穂子が気づいて此方に手を振る。
2人は合流しそのまま去っていった。多分今日は矢田の部屋にお泊りだろう。
いいなあ、と思ったら自分の置かれている立場を思い出してまた落ち込む。
「にしても矢田さん酷いな。私の顔がいくら酷い出来だからって」
泣く気分でもなく走るのは疲れた。
よって頬をなでながらポツポツと歩いて帰る。
明日は休みだし昼過ぎまでベッドでゴロゴロと寝て凄そう。
なんて気だるく考えていたら家の前に見覚えある人影。
「里真」
「あ。慶吾さん」
先に家に向かったのは自分なのになんで彼の方が早い?
矢田にぶつかったからだろうか。それとも走るの遅かった?
不思議そうに眺めながら彼の元へ向かう。でないと玄関へいけない。