恋のお試し期間


これは神を、母を怒らせた罰だろうか。

「矢田さんに見られたら絶対に笑われる」

憂鬱なまま来てしまったお昼休み。弁当に切り替えた里真に同僚たちは
さっさと外の美味しいランチへ行く。あるいはコンビニへ。
ダイエットの為にはそれも仕方ないと思っていたが今日ばかりは考えた。
弁当を隠して彼女たちと一緒にランチしたかった。それくらい憂鬱な弁当。

「どうしたの日野さんそんなコソコソして」
「あ。い、いえ」

屋上で食べようかと思ったがそれこそ他の弁当持参の人たちと遭遇する。
何時も鬼が自分の部署に来るとも限らないしここの人たちはほとんどが外へ行くし。
だからこそ今までの貧相なお弁当を1人で食べるのに適していたわけで。

「里真」
「あれ。ランチ行ったんじゃなかったの」
「行こうと思ったけどたまにはあんたに付き合ってあげようと思ってね」
「そ、そうなんだ。ありがとう」

結局自分の席に戻ってきたら同僚が居て手には買ってきたお弁当。
彼女ならネタして延々笑ったりはしないだろうと安心して食べ始める。

「…雑炊なんだ」
「だ、ダイエット中だからね」
「ああ。なるほど、置き換えダイエットとかの雑炊?すごい徹底ぶりだね」
「そう。そんなかんじ」

本当は夕飯の鍋の残りを母親に無理に詰め込まれただけだけど。

「ダイエットするほどに好きな人できたんだ」
「う、うん。その人凄い努力家だから。…私もさ、努力しないといけないと思って」
「矢田さん?」
「は?なんで?彼女居るのに。知ってるでしょ?」
「そうだけど。あんたたち仲いいから」
「まさか。そちらさんこそ仲良しじゃないですか。会議前とかよく話したりしてさ」
「それは事務的なお話し。私だって彼氏居るもん。なんだ違うんだ」
「お兄ちゃんみたいな感じで優しくてかっこいい人でさ。えへへへ」
「へえ。今度紹介してよ」
「え。あ。…うん。今度ね」

まさか紹介されるのが何時も話題に出るお店のオーナーとは思わないだろう。
まさかの相手に驚く顔を想像してニヤっとしてしまう里真。優越感、だろう。
もうすっかり彼と付き合う想像をしている自分。あと2キロが恨めしい。

「そういえば今度のツアー食べ放題あるけど、大丈夫?」
「え」
「まさか忘れてた?今週末だよ?日帰り温泉ツアー」
「え。あ。え。…え!?」
「この前の女子会で決めたじゃない。食べ放題があるから絶対にこれがいいって
言い張ったの里真だからね?」
「そ、そうでしたね」
「ダイエット中なのに平気?でも今更変更なんか効かないからね?」
「わかってるよ。節制します。大丈夫。…たぶん」
「どうだか」
「何てタイミングっ」

あの時はまさか佐伯とこんなことになるなんて思ってなかった。
アタックした相手に見事フラれて破れかぶれで食べまくってやろうと思った。
せっかく痩せてきたのに食べる目的のツアーなんか参加したら元も子もないのに。
食べ物の誘惑に勝てる自信なんかない。

頭を抱え唸っている里真の隣で美味しそうに
買ってきたお菓子を食べる同僚はがんばれと全く気のないエールを送った。


「ねえねえ。貴方、誠人の会社の人よね」
「え」

定時になり考え込みながら会社を出ると入口でばったり美穂子と会う。
彼女の事は噂で情報があるけれど相手は里真の事など知るわけもなく。
以前矢田にぶつかった時に少し紹介されたからそれで近づいてきたようだ。

「彼今まだ仕事中なのかしら。電話しても繋がらなくて」
「じゃあたぶんまだ仕事だと思いますけど」
「ちょっとだけでいいから見てきてくれない?私が行くと迷惑でしょ?」
「えええ…」
「お願い。ね?」

美人のオネダリは女にも有効らしい。それに玄関でこんなことされても困る。
という事で里真は踵を返し自分の部署のあるフロアではない階へあがり。
さりげなく営業さんたちが行きかう会社でも特に忙しい部署へ足を運ぶ。
既に着替えてしまってもう制服じゃないけどいいだろう。営業は関係ないし。

「あの、すいません。矢田さん知りませんか」
「矢田?ああ、あいつなら取引先行ったままだと思うけど」
「あ。そうですか。すいません」

どうやら外に出たまままだ戻ってないらしい。商談中なのだろうか。
それで携帯をマナーにしているとか。里真は再び1階へおりる。
そこには待っている恋人の後ろ姿。

「どうだった?」
「今外に出てるみたいです。もう少し待ってください」
「そうなの。忙しいのね」
「それじゃ私はこれで」
「ねえ、貴方暇?」
「…い、いえ。あの。これから」
「デート?」
「そういうんじゃなくて。コーヒー…」
「じゃあ私も一緒にいってもいい?ここで待ってるより良さそう」
「え。え。え」

何この展開。

里真の手を引っ張るとどっちへ行くの?と聞いてくる美穂子。
ただ単に暇だから誰かと一緒に居たいだけなのだろうが、なぜそれが私?
何時の間に一緒にコーヒーを飲む関係になったの?里真は軽い混乱をする。
でも振り払う事は出来ず仕方なく佐伯の店へ一緒に行く事にした。

< 38 / 137 >

この作品をシェア

pagetop