恋のお試し期間
「いらっしゃいませ」
何時ものように佐伯が声をかけてくれて優しく席へ案内される。
美穂子は名前は知っていたようだが来るのは初めてだったようで
嬉しそうに周囲を眺めている。2人ともコーヒーを注文した。
「噂どおりの素敵なお店ね。よく来るの?」
「え。ええ。家から近いし、落ち着きます…から」
「そう。ふふ。オーナーが目当てって訳じゃないんだ」
「え」
「図星?でも分かるわ。優しそうで素敵だものね」
笑う美穂子。その余裕からして男性を見る目は里真なんかよりもずっと良さそう。
美人だしお嬢様だし男性の誘いも多く引く手数多なのだろう。
何もかもが羨ましいとしか言えない。
コーヒーを飲みながらポツポツと会話をして時間が過ぎていき。
「矢田さんから連絡来ましたか」
「やっと。で、こっちに来るみたい」
「良かったですね」
「待たせた分思いっきり美味しいものを奢らせてやるの」
「ははは」
「またお茶しましょう」
「はい」
最初はぎこちなかったけれど話してみると意外に普通だった。
てっきりお嬢様のセレブな会話を延々聞かされるのかと思ったのに。
今もトイレを貸してくれないコンビニについて熱く語っていた。
こんな風に思うのは矢田と付き合うようになってかららしい。
「美穂子」
「遅かったわね」
暫くして店に入ってくる矢田は珍しくちょっと慌てていた。
「悪い。会議長引いて…って、なんだ。日野お前も居たのか」
「話し相手になってもらってたの。ありがとう日野さん」
「いえいえ」
「悪かったな。ここの会計俺が持つから、行こうか美穂子」
「分かってるでしょうね」
「分かってる。じゃあな」
足早に美穂子を連れて会計を済ませ店を出て行く。
それをぼんやりと眺めていた里真。
彼氏っていいななんて思って軽いため息。
「忙しない人たちだったね」
「そうですね」
そこへひょっこりと顔を出す佐伯。その手には新しいコーヒー。
「もう一杯飲んでくれるよね。クッキーも追加するから」
「はい。…あ。そうだ。慶吾さん。私今週末に日帰りなんですけど旅行に行くんです」
「家族で?」
「いえ。同僚と。あ。皆女の子ですからね?」
「じゃないと困ります。そっか。じゃあ、週末は会えないんだ」
「お土産楽しみにしててくださいね」
「気をつけて行くんだよ。怪我とか、あと、知らない人についていくのも駄目」
「行きませんよ。もう。ほんと心配性なんだから」
「そんな怒らないで。ごめん。でもね、やっぱり…君が心配なんだ」
「そういうの過保護っていうんですよ」
「気をつける。…出来るだけ」
「もう」
でも口は笑っている。里真もそして佐伯も。
2杯目のコーヒーを飲んで家に帰る。また後で電話が来るのを楽しみに。