恋のお試し期間


「色々考えたんだけど。無難に水族館にしようと思う。いい?」
「はい。いいです」
「そう。じゃあ向かおうか」
「慶吾さん。あの。…お、……お弁当」
「え。作ってくれたの?」
「…はい。…お母さんが」

朝ギリギリまで寝て弁当が出来ないと喚いていたら母が作ってくれた弁当。
気持ちは嬉しいのだがこれを渡されても自分も彼もきっと微妙になる。

「あ。…そうなんだ…美味しそう、だね?」

ほらやっぱり返事に困ってる。でも起きられない自分が悪いのだが。
水族館へは少々時間がかかるため途中休憩を挟む事に。
車から出て背伸びする里真。朝から走り回ってもう疲れた。

「慶吾さんコーヒーどうぞ」
「買ってくれたの?ありがとう」
「私も運転できたらいいんですけど。ペーパーで」
「いいよ。俺運転好きだし。1人でもよくドライブするんだよ」
「へえ」
「でも今は里真に隣に居て欲しいな」
「私でよければお供しますよ」
「嬉しいけど、夜遅いからね。君が部屋に泊まってくれる日が来たら誘うね」
「…あ。…はい」
「でもそんな日はもう部屋から出ないと思うけど」
「慶吾さん」

顔がほんのり赤い里真。笑う佐伯。
休憩を終えて2人は再び水族館へと向かう。その頃にはもう笑顔で。
楽しいデートになりそう、と思った。お昼は母の作ったお弁当だけど。

「眠そうだね」
「少し」
「いいよ。寝ても」
「じゃあ」
「寝顔も可愛いだろうな」
「……」
「あ。隠した」

久しぶりの水族館に思った以上にはしゃいでいたらしい。
里真は疲れて車内でうとうとしはじめる。
顔を見られるのは恥かしいから帽子で顔を隠してそっぽを向いて。
目を閉じたら本当にそのままぐっすりと眠ってしまったようで。

「…ん」

気づいたらベッドに寝ていた。でも自分のじゃない。
天井が違うとか匂いとか布団の質感とか、何もかも違う。
最初は寝ぼけてベッドの中でゴロゴロしていた里真だが
意識がハッキリしてくると同時に飛び起きた。ここは何処だ?

「起きたね。どう?調子は」
「慶吾さんこ、こここ」
「落ち着いて。ここは俺の部屋だよ。前に来たよね」
「な、なんで」
「何度起こしても起きてくれないから。さよならも言えないまま君と別れるのは嫌だし」

リビングで寛ぎ中の佐伯。里真の顔を見ておはようと笑った。
時計を見るともう夜の9時を過ぎたあたり。熟睡していたようだ。

「あ、あの。お邪魔しました…私、帰らないと」
「そう。帰っちゃうんだ。シンデレラだって12時まで大丈夫なのにね」
「…すいません」
「言っちゃったね」
「え。……あ!」

立ち上がって此方に向かって笑う佐伯。
何の事かと思い出すと、それはたぶん彼がした朝の話。
ごめんなさいもすいませんも聞きたくないと言ったアレだ。

「朝言ったよね」
「で、でも。今のは」
「帰してあげない」

うろたえる里真の前まで来ると抱き寄せてオデコにキスする。

「…こ、…困ります」
「どうして。お試しだから?一緒に居るだけでまだ何もしないよ」
「そ、その、何も持ってきてないし。会社あるし。ど、ど…どうしよう」
「困ってる君も可愛い。けど、…仕方ないね、送るよ」
「慶吾さん」
「そんな潤んだ目で見上げないで。帰すの嫌になるから」

泣きそうになるほどうろたえる里真の唇もしっかりと奪って車で送る。
彼女は何度も頭をぺこぺこ下げて家に戻っていった。

「あらま」
「何だ」
「な、何よ2人して」
「今度こそお泊りコースだなって今話ししてたんだけどな」
「そうそう。あんた帰ってきたんだ」
「揃って何言ってんの怒るよ」

家に入ると居間でテレビを観ている父と此方を興味深げに見て来る母と弟。
遅いと怒られるかと思ったが家で佐伯の評判は頗る宜しいので安心されていて
むしろ帰ってきたことに驚かれた。それどころかそんなので今後大丈夫か?とも。
何でそんな心配されないといけないのか。謎である。

< 49 / 137 >

この作品をシェア

pagetop