恋のお試し期間
餌付けしようとしてません?
「何で私が」
「知るか。お前の上司に言え」
「言いましたよ。私よりもっと有能な人は居ます」
「知ってる」
「こ、これって新手の肩たたきでしょうか」
「とにかく。ヘマだけはすんなよ。最低限言われた事をしろ」
「はい…」
よほどお忙しいのか日帰り出張する営業の補佐に1人欲しいとお触れがあって、
周囲をぐるりと見渡した上司より「じゃあよろしく」と何故か選ばれた里真。
先生に当てられないように無になる学生のように黙っていたのに。
私なんかじゃ無理ですとさりげなくアピールしたが残念ながら届かなかった。
自分で言うのも何だけど新人よりはまだマシとはいえ他に何の売りもとりえも無い
融通の効かない事務方の自分がバリバリ営業の補佐なんかできる訳ない。
しかもその補佐する営業マンがまさかの矢田。
本人も知らなかったようで顔を合わせ驚く。
「まだ会社じゃないんだからな?そんな真っ青な顔になるなよ」
出張と言っても日帰りでいける距離だからしれているけれど、
電車に乗って2時間かかる場所。遠いといえばそれなりに遠い。
車内で里真はずっと浮かない顔。相手に提出する資料の準備や
その後の会議の場所の把握、細かな打ち合わせや電話対応。
何もかも一気に自分に来るからそのプレッシャーで今にも吐きそうだ。
「だ…ダメです出来る気がしません…もうだめです…」
この緊張感の中なら3キロくらい痩せられそう。げっそりする里真。
「ここで売ってる弁当美味いらしいぞ。ほら」
「お弁当なんて……和牛ステーキ弁当…!?」
「暖かいお茶つき」
「……い、いいんですかこんな豪華なお弁当。経費で落ちます?」
「いいから食え。腹減ってると気が滅入るからな」
「いただきます」
ぽんと置かれたお弁当。その名前は聞いた事がある。
高級だけど良いお肉を使っており味はもちろん絶品で50食限定のお弁当。
里真は目を輝かせる。
そんな彼女を横目に少しだけ笑って矢田も食べ始めた。
「どうだ。少しは落ち着いたか」
「なんとか」
あれだけ深刻な顔をしておいて美味しいものを食べると若干元気になる。
なんて単純なんだろう、
でもずっと気をはっていて朝食もろくに食べてなかったから良かった。
「補助は必要だけど、無理だって思ったら来なくていい。お前をフォローできるほど俺も余裕ないし、
相手だってそんな連中の居る会社に信頼は持たない。今にも死にそうな顔したヤツなんかな」
「すいません。ほんと、足引っ張って」
「まだ引っ張られてない。もし、無理だって思ったら先に言えって話しだ。
無理して来られるのが1番厄介だからな」
「はい」
何て自分は役立たずなんだろう。
最近は佐伯とのことでひとり浮き足立っていたが。こんなことじゃダメだ。
会社の為だからと仕方なく矢田は逃げ道を用意してくれたけれど
それに頼ったら「頑張る」と決めた自分の決意に反する気がして。
社会人として少しくらいは勇気を出して頑張らないと、彼と釣り合わない。
「どうする」
「やります」
「…失敗は出来ないぞ。分かってるか」
「はい。私だって社員の1人ですから。補佐します。してみせます」
「よろしい。頑張ったら美味い飯食わしてやるからな」
「わあ!……って。矢田さん、私の事餌付けしようとしてません?」
ブタもおだてりゃ木に登る的な。
「そうか。じゃあ帰りは弁当でも買え」
「あ、い、いや。欲しいですください!頑張ります!」
「そうそう、お前は素直に受け取ってりゃいいんだよ」
「はい…悔しい…」
「あ?」
「いえ。なんでもないです。えっともう1度資料の確認します…」