恋のお試し期間

初めてのお泊り

あんなに恐ろしい思いをしたのに上司に報告したら「お疲れ」だけ。
おまけに同僚には「彼と二人でなんて羨ましい」と言われる始末。

確かにおごってもらったご飯は美味しかったけれど、
どんな些細な失敗も許されない厳しすぎる空気は里真には無理。
心臓が幾つあっても足りない。
やっぱり自分は怒られない程度にマイペースにやるのがあってる。



「じゃ、じゃあ。…今日は、帰らないからね」

それに仕事も大事だけど彼との時間を大事にしないと。

「いってらっしゃい。友達の家とは違うんだから、粗相するんじゃないよ」
「そうそう。何時もみたいなドジすんなよ」
「里真……頑張れ」
「お、お父さんまで。酷いよ！私だって普通にお泊りできるんだから！」

玄関に皆集まって彼氏の家にお泊りに行く娘を見送るってどんな家族？

それだけ子ども扱いされているような気がして里真は怒って家を出る。
心配してくれるのは嬉しいがあれは心配というより馬鹿にしている。
特に裕樹。
何時もドジしてるみたいな言い方して。そんな事ない。たまにだ。

彼氏の部屋へお泊まりする、ただそれだけなのに。

「ごめんね里真。我侭言って店まで来てもらって」
「いえいえ。ついでに夕飯もここで」
「もう少し待って。今日は早めに終わるから。部屋で２人きりでゆっくり食べよう」
「分かりました。じゃあ、何時も通りコーヒーで」
「かしこまりました」

金曜日の夜は特に恋人率が高い。里真が佐伯の店に入ると今夜もカップルだらけ。
バイト君に席に案内されてすぐ忙しいだろうに佐伯が来てそっと手を握られる。
会社が終わってまっすぐに彼の部屋に行くのではなく店に来てといわれた。
お店から一緒に彼の部屋まで行く予定。程なくして何時ものコーヒーとクッキーが来る。

「…着替えも持ったし。下着は上下セットだし。化粧品もあるし。
大丈夫だよね。うん。平気平気。大丈夫。寝るだけだもんね。お泊りだし…」

一応建前はお泊りするだけ、それだけ。
でももしそうでない事が起こっても受け入れようと思っている自分がいる。

お試しでも、まだ痩せてなくても。なんて妄想をしながら携帯を弄りつつ
お店が閉まるのを待った。何時もより早くクローズの看板が下りて。
最後のお客さんが帰った所で片づけが始まり。

「それじゃ後は戸締りしっかり頼むね。お疲れ様」
「お疲れ様です」

佐伯が先に店を出る。里真は裏の駐車場に行かせている。
歩いていくと彼女の後姿。それが愛しくて。ついこっそり近づき

「わ」
「お待たせ」

ギュッと後ろから抱きしめる。思った以上にいいリアクションをする彼女。
その頬にキスして車に乗せた。今日はもうずっと一緒。駐車場に車をとめて
部屋の階までエレベーターで上がりカギを開けて中へ入る。淡いいい香り。
里真はリビングのソファにカバンを置いてソワソワしながら隣に着席。

「私も何か」
「朝のうちに準備してたものがあるんだ。すぐできるよ待ってて」
「はい…」
「でも何時かまた里真の料理食べてみたいな」
「慶吾さんの方がずっと上手ですよ。当然だけど」
「里真が作ってくれるものがいいんだよ」
「じゃあ、今度。作りますね」

テキパキと夕飯を準備してくれて里真はただ座っているだけでよかった。
片付けくらいはしますと言ってみたがそこもいいからと言われて。
やはり何時も仕事でしているから手際がいい。早くて綺麗であっという間。
関心しながらそれを見ていたら終えた彼が隣に座り抱き寄せられる。