恋のお試し期間
幸せ過ぎる!


彼の家に初めて泊まり、自分なりに実績を積んで家に帰ったら
母がご機嫌に赤飯を炊いていた。恥ずかしいなんて親だ。
けど、内心自分もまんざらでもなかったりして。


「はー……」
「……」
「そんな甘い人生ないですよね」
「ため息の次は何だ?いきなり電波か?」
「今までの自分の人生で楽しい事が続いたなんて無かったから。
きっとこれから不幸が襲ってきて落ち込むんだろうなって思って」

いい気分で会社へ来たら残業させられているとか

その「不幸」の一環なのかもしれない。とか思ったり。

「そんな事俺が知るか。勝手に不幸になってろ」
「分かってます。なりますなればいいんでしょ」
「何でキレてんだお前。意味がわからん」
「……それもそうですね。すいません」

何も知らない人に当たっても仕方ない。彼もまた同じく残業しているのだから。

里真は何故か畑ちがいの部署に居る。

出張の時もそうだけどどうして自分がここへ借り出されたのか。
忙しい時なのは理解できるが上司に言われて手伝いに行かされた先は営業。
今回は特に誰の補佐とは言われずとりあえず来たはいいが

残っている人たちは忙しそうに動きまわって声をかけるにも知り合いが居らず
何をしていいか分からずオロオロしていたら矢田が声をかけてくれた。

それでこうして夜遅くまでいるわけだが。

「もういいぞ。帰れ。お前の愚痴を聞きながら仕事なんかしたくない」
「帰れるわけないじゃないですか」
「真面目にやれ。手止まってる。ここはお前が居るような暢気なとこじゃない」
「…はい」

確かに営業ほどキビキビとやってないし喋ったりしながらする事もあるけど。
それでも仕事をしているという自覚はある。そこまでキツく言わなくてもいいのに。
相手もカリカリしているのか今日は一段と冷たい。

里真は黙って指示されたことをこなす。といってもとても簡単な事ばかり。
いつの間にか残っている人は少なくなっていた。
いつもなら佐伯の店でコーヒーを飲んで家に帰っている時間。
心配しているかな。
でも今この状態でメールや電話なんかできない。隣の鬼に何を言われるか。

「おい、…コーヒー頼む。俺はブラック」
「は、はい」

これ以上怒られないようにと必死に手を動かしていたらぽいと小銭を投げられた。
タダでさえ雑用ばかりさせられているのに今度はパシリ。

反射的にハイと言ったが矢田がここまで酷い人だとは思わなかった。
里真はまた不満に思ったけれど。言い争いをしても負けそうなので
大人しく小銭を持って自販機へ向かった。

「お前は要らなかったのか」
「え」
「2人分金あったろ」

5分ほどして戻ってきた里真。手にはコーヒーが1つ。
渡してお釣も渡したら不思議そうな顔をされた。

「そうだったんですか」
「俺のだけ買ってきたんじゃパシリだろ」
「パシリだと思ってました」
「そこまで非道じゃない。わかった。じゃあ俺が買って来る」
「でも」
「お前もコーヒーでいいだろ。ミルクと砂糖だな」
「あ。ミルクだけでいいです」
「はいはい」

かわりに矢田が立ち上がり出て行く。それを見送ったらちょっと休憩。
背伸びをしてあくびをして、思い出したように携帯をチェック。

佐伯から連絡は無かった。

まだ仕事中だから連絡できないのだろう。今のうちにメールをいれておく。
今日は忙しいからまた後で電話をしますと。これでいい。一安心。
それからすぐにコーヒーを持った矢田が戻ってきてカップを里真に渡した。

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