恋のお試し期間


「そんな素通りしなくてもいいんじゃないかな」
「こんばんは」
「はい。こんばんは」

そうだここがあった。敢えて通らないルートもあったのに。
矢田と歩いていたからついついこの道を通ってしまった。
夕方から始まる店の準備をしている佐伯と出くわす。

「今日も忙しそうですね。がんばってください。ではまた」
「そんな急いで行くことないんじゃない?それとも何か急ぐ理由があるとか」
「理由っていうか。その、お腹すいたんで」
「お弁当じゃ足りなかった?」
「みたいですね。…って、なんで知ってるんですか?」
「君の同僚さんが言ってたよ。今日はお弁当だから彼女は来ないって」
「ああ。なるほど。ま、そういう事なんで。失礼します」

あともう1つ急ぐ理由がある。それはそろそろお腹がグーグーと鳴りそうだから。
いくら幼馴染のお兄さんでもやっぱり腹の音を聞かれては恥かしいというもので。
今度は誤解されないように
明るく挨拶すると里真はくるりと向きをかえて家に向かって歩き出す。

「また誰かに恋してるの」

そんな彼女に投げかける言葉。

「昨日の今日で流石にしてないですよ。でも、なんで?」
「何時になったら俺の番になるのかなって思ってさ」
「え?」
「俺、待ってるんだけどな」
「佐伯さんってそういう台詞も言うんだ。意外」
「そう?」
「キザな台詞も似合いますね。でも、そういうのはもっと違う人のがいいと思う」

皆が慕うお兄ちゃんにはもっとつりあうレベルの高い女性がお似合い。
そもそも冗談だろうと本気にすらしていない。たまにからかってくるから。
里真はではまたと笑って手を振って歩き出した。

「え。あれ。もしかして冗談だと思ってる?…本気、なんだけどなぁ」

そんな彼女の後姿を眺めつつ苦笑する彼に気づかないで。


「姉貴ダイエットするんだろ」
「うん」
「その両手のモノはなに」
「ご飯とおかず」
「すげえ山盛りにみえるんだけど」
「え。うそ。遠近法じゃないかな」
「……」
「わかった。減らす。減らすから睨むな」

ダイエット宣言をした里真だがやはり最初は空腹に勝てず食べようとして。
でも弟の鋭い指摘により減らして我慢。痩せるまでは我慢。とにかく我慢。
辛いのでついお菓子に手が行きかけるがそこでも家族の視線があって我慢。
我慢しているとあの頃を思い出す。
あの頃の方がもっと辛かったはずなのに色あせて。
こんな夜はもう早く寝ようとベッドに潜り込む。何度と無く腹が鳴ったが無視して。



「理想が高いわけじゃないのにな。仕事してたらもうなんでもいいのに」
「確かにあんたが今まで気になった男って顔も性格も収入も普通よね」
「そう。決して高望みはしていません。でもなぜか駄目ですどうして?」
「さあ」

迎えた週末。鬼の弟の監視のおかげか今の所順調に食事制限が出来ている。
運動もしようと思っていた矢先に友人からこの前の埋め合わせと食事に誘われた。
ダイエット中なんですという事を何度も念押ししてお茶と簡単な料理だけで済ます。
揚げ物やアルコールに手がいきそうになるのを堪えて。

「イケメンとか金持ちなんてのは無理って分かってる。その辺わきまえてるのに」
「出会いかなやっぱり。合コンとかどう」
「合コンは…彼氏を見つける場所ではないと思います。ほんと何でかなあ。
でもでも私って性格も顔も普通でしょ?それともやばいくらいブスなの?」
「無くて七癖、あって四八癖って言いますよ」
「そうなの?」
「普通を選ぶくせに相手に求めるものがレベル高いとか?」
「えー…そんな求めてないけどなあ」

理想なんて追求するのは若いころだけ。
今はもう、ただ普通に社会で生きてる人ならなんでもいい。
それは求め過ぎなんだろうか?


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