恋のお試し期間



弟の言葉もあまり聞こえず。里真は部屋に篭ってベッドに寝転ぶ。

ごめんなさい、といおうか。

けれど目ざわりと言われたから会うのも憚られる。

でもこのまま怒らせたままというのも自分の気持ちが許さないというか。
あんなにも怒らせてしまった自分の迂闊さにまたちょっと涙が出そうになる。

彼氏に相談。

しても、微妙な空気になってしまうだけだろうし。


『…昼間は、……なんつうか、俺も苛々してたから多少言いすぎたかもしれない。
けど、撤回する気はないからな』
「……」

ぼんやり考え込んでいたら電話がかかってきて最初は佐伯かと思ったら
登録してない番号で。
そんな電話普段は取らないのにしつこいので取ったら矢田だった。
口調は昼間よりは多少収まっているもののやはりまだ刺々しい言い方。

『おい聞いてんのか。返事しろ』
「そ…そ、そんな怒ってるんですか…?…電話かけてくるくらい…怒って」
『泣くな。違う。そんなんで電話したんじゃないから』
「……っ」

怒りを電話してまで上乗せしてくるなんてどう対処したらいいの。
里真はパニックで涙が出てくる。弟にヘルプを出したいが説明出来ない。
どうしようどうしようと相手には見えないのにやたら動き回る。

動きだけが空回りして色んなものをその辺に撒き散らす。

『落ち着け日野。何か知らんがジタバタするな雑音が入って煩いんだよ』
「す…すいませんっ…もう…動きません…」
『あーもう。面倒なヤツ。だから、もう気にするなって言ってるだけだ』
「でも。私、矢田さんが彼女にも言いたく無い事なのに無神経に」

すっかりお友達気分だったけれど、同じ会社の同期以上のなにものでもない。

それなのにズケズケと。

恥ずかしいやら辛いやら。また声が震えてきた。

『ただ昔の自分が嫌いなんだ。それだけだ。…いいから、泣くのはやめろ。頼む』
「私も…昔の自分は好きじゃないです。今よりもすごい太ってていじめられてて」
『……、…もういいから。こんな時間に電話して悪かったな』
「いえ。矢田さんもしかしてまだ会社ですか」
『いや。さっきまで後輩に付き合って飲んでた。今帰り』
「そっか。付き合いも大変ですね」

相手の声のトーンが落ち着いて里真も少し落ち着く。
こうして矢田と仕事以外で電話するのは初めてだ。
不思議な感じがするけれどもう怒ってないようなので安堵する。

『明日は天気雨らしいぞ。傘もってこいよ』
「何ですかそれ。矢田さんらしくない、変なの」
『煩い。…それと、飯は、ちゃんと食えよ』
「え」
『じゃあな。また明日』
「え。あ。あの」

里真の返事を待たずして電話は切れる。
どうして弁当を食べてないのを知っているのか。

それにまた明日って。近寄るなと怒ったのに。

携帯をしばし見つめたまま呆然としている里真だったが。

「何?」
「お母さんおなかすいた」
「はあ?あんたこんな時間に食べるの?」
「だって安心したらおなかすいたんだもん」
「何それ。太るわよ」
「いいから。お腹すいてねむれないの!」
「はいはい」

空腹になったので1階へおりて母に食事をねだった。

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