恋のお試し期間
あの頃、公園で遊んでいた子どもたちに良くしてくれて
学校の定期検診なんかもしていて何かと接点の多かった先生。
もしかしたら何か昔のことを知っているかもしれない。
そんな淡い期待を持って。
「最近、昔のことを思い出そうとしても中々出てこなくなってしまって」
「はっはっは。何をそんな。まだまだ若いだろうに」
「名前が浮かんできても誰だったか思い出せない人とか多くて、…矢田さんとか」
「ああ、誠人君か。知ってるよ。懐かしいなあよく慶吾君と遊んでいたっけか」
「慶吾さんと」
「ああ。従兄弟同士で仲がすごくよくてねぇ。体の弱い誠人君を気遣って
まるで本当の兄弟のようにしていたよ」
「ええっ」
今は目も合わさないのに。嫌悪感まるだしの会話をするのに。
過去はそんな仲が良かったなんて驚きだ。それに体が弱いとか。
今の彼は病気知らずで殴ったってびくともしなさそうな体なのに。
「あれ?里真ちゃんは会った事がなかったかな。よくここに来てたんだが」
「私はあまり病院にかかることがなくて」
「はは。そうだったそうだった。よく来てたのは裕樹君だったね」
「そんな身近に居たのになんで気づかなかったんだろう」
「彼は元々サナトリウムだった医療施設に居たから。ここへは慶吾君と会う為に極たま
に遊びに来るくらいで。最初の方は車椅子だったが途中から歩けるようになってね」
「…そう、なんですか」
「慶吾君以外には心を開かない静で本当に大人しい子だったよ」
「……」
「それも自分で歩くようになってからは少し話をしてくれるようになってね。
やっと慣れてくれたのかと嬉しかったものだ。ああ、懐かしいなあ」
懐かしむ倉田だが里真はただ驚く。
直接里真に関わらない事ではあるけれど、
もしかしたら会っていたかもしれない知っていたかもしれないニアミス。
そしてよくここに来ていた裕樹はもしかしたら知っていたかもしれない。
近所さんでないのならあのおばさんが知らないのも頷ける。そして儚げな子の正体も。
「って。これじゃただ矢田さんの過去探りに来たみたいじゃない。
本人が嫌がってるのに。…最悪な事してる私…そんなつもりじゃなかったのに」
「里真ちゃん?調子悪くなってしまったかな。すまない長話を」
「い、いえ。お話しありがとうございます」
「2人とももう立派に成人してるんだろうなあ。顔を見せてくれないが」
「…そう、ですね」
興味本位で人の過去を探ってしまったようで嫌な気分。
さっきよりもズンと重たい気持ちのまま医院を出る。
このまま家に帰って寝てしまおうか。その方がいっそ楽か。
佐伯の店にも行けず里真は俯いたままとぼとぼと歩く。
「そんな下向いてるとまた電柱にぶち当たるぞ」
「うわっ……って。……あれ。矢田さん」
何でそこに貴方が居る。会社は?