恋のお試し期間
「会社休んだ癖にこんな所でぶらついてるとはいい度胸だな」
「…すいません」
「俺も休んだけど」
「え」
「……ここじゃなんだし。どっか静かな場所へ行こうか」
まさか医院へ話を聞きに行ったのも気づいている?
それで静かな所で延々5時間くらいお説教とかする気?
里真は真っ青な顔になって逃げようか泣いて謝るかで悩む。
「あ」
「早くしろ」
思考回路が固まって体も動かない里真の腕を掴み引っ張る矢田。
何処へ連れて行かれるのか内心不安だったけれど。
「公園」
「座ってろ。なんか飲み物買って来る」
「でも」
「座れ」
「はい」
公園だ。他に子ども連れの母親がいる。
ベンチに座って待つこと数分。その間逃げる事も
内心ちょっと考えたけれどここは大人しくしていようと待った。
「この時間ならまだ静だと思ったのにな」
「そうですね」
「ま。いい。…それで、日野」
「違うんです!これには深い事情があるんです!日ごろの鬱憤で矢田さんを
傷つけようとかそんな事を考えたわけではなくてですね!」
「まだ何も言ってねえだろつか鬱憤ってなんだ」
「…怒ってるんですよね。また無神経な事したって」
飲み物を受け取って視線を遊んでいる子どもに向ける。
叫ぶ声笑う声何か喋っている声。色んな物が混じった公園は
自分の幼い頃の遊び場だったことを思い出させる。
「ああ。それな。…いいよ、もう」
「え」
矢田はネクタイを緩ませるとニコっと笑った。
何時も営業らしく身なりはキッチリしていて表情も厳しいのに。
怖いくらい優しい笑みを見せるから思わず身震いがした。
「俺は物心つく前から虚弱体質で家に居るより病院で居るほうが長かったんだ。
医者は精神的なものだと言っていたが親は心配して俺を療養所に入れた。
そんな俺を街へ出てこいと誘ってきたのが慶吾だった。俺には眩しい日の光も
あいつと一緒なら眩しくなかったし怖くもなかった。何より外は意外に楽しかった」
「……」
「ただどうしても沢山いる子どもに紛れる事が出来なくて。みんなの尊敬を集める
慶吾を羨ましいと思ってた。で、余計に自分の細い体の事を言われないか不安で、
女に間違われる顔も恥かしくなった。だから影でみてた。
それでなのかあいつが異常なほど執着する子に俺も視線が行くようになった」
何時も見る光景。
公園の影で見つめる視線の先にあの子と慶吾がいる。
他の子たちが慶吾と遊ぼうと袖を引っ張っても彼は笑顔をしつつそれを無視。
泣いているその子の頭を撫でて慰めている。とても満足そうな顔で。
「……」
「な。俺の話しは黙るだろ?だから嫌だったんだよな白けるから」
「そういう…訳じゃ」
口ごもる里真に矢田はまた少し笑っているようだった。
「それに異常なのは俺も一緒だ。その子を自分のモノに出来れば俺でも
慶吾みたいになれるんじゃないかと思ったんだ。本気で信じ込んだからな」
「え」
「ずっと友達は慶吾だけで人を好きになるなんて無いと思ってたのに。
強い暗示にでもかけられたみたいにどんどん知りたくなって欲しくなってったんだよなぁ」
「……」
矢田はあの頃の記憶を思い出しているのか終始嬉しそうに語っている。
里真はただ黙って聞いているだけ。あんなに煩かった子どもたちの声も
なんだか遠くにあるような錯覚さえする。