熱愛には程遠い、けど。
 強い決意を胸にタクシーを降り、たどり着いた雅史さんの住むマンションを見上げる。
 よし、と心の中で気合を入れて一歩踏み出した瞬間だった。車のエンジン音が聞こえて一台のタクシーが停まった。
 中から降りてきた人物が雅史さんだと分かった瞬間に駆け寄ろうとしたけど、同時に彼の声と聞こえてくる女性の声に反応して私は咄嗟に身を隠した。
 ドクンドクンと大きく高鳴る胸を押さえながら、物陰から覗く。
 馬鹿、私ったら……隠れちゃったら出で行きにくいじゃない。隠れることなんて何も……堂々としていればよかったんだよ。女性と一緒にいるくらいでびびるなんて。雅史さんに限って浮気なんてあるわけないもの。
 意を決して物陰から飛び出した瞬間私の目に飛び込んできたのは、雅史さんと彼と一緒にタクシーを降りてきた女性の後ろ姿だった。
 二人の楽しそうな笑い声と、彼がいつも私にするように女性の腰に手を回しエスコートする姿を見て全身の血の気が引いてその場から一歩も動けなくなった。

 自宅を飛び出して行ったときの勢いなく、フラフラと夜の街を途方もなく歩く。
 何の感情も沸いてこない。ただただ無の状態で歩いていた。
 気づいたら自宅にたどり着いていてそのままベッドに飛び込む。いつの間にか眠っていて、気づいたら朝だった。
 今日も会社だ。いつも通りの一日が始まる。そのはずなのに、昨日に比べて何倍も気だけが重い。そんな一日の始まりだった。

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