熱愛には程遠い、けど。
 翌日、パソコンに出社の入力をしていると宮下さんがやってきた。
「おはよー」
「おはようございます」
 胸がどきっと高鳴ったのはたぶん、昨日のことを聞かれると思ったからだ。大見栄を切って会いに行くと宣言したのに、結局行っていない。宮下さん心配して応援もしてくれてたし……なんて言えばいいんだろう。
「ねぇ、古川さん」
「は、はい」
「昨日昼に一緒に行ったお店、僕たちが帰った後にゴゴナンデスのロケがあったらしいよ」
「……へ?」
「しかも、そのロケのゲストにジャイニーズの大川君がいたらしいよ! ……古川さんも好きでしょ。好きに決まってるよね。女子は大抵好き。あの顔は反則だよな~。あんな顔に生まれたかった……」
「はぁ……」
 予想外の話題に言葉を失っていると課長に呼ばれた宮下さんが席を立った。
 緊張を解きほぐすようにふぅと息を吐く。
 昨日のことを聞かれなくてほっとした気持ちはもちろんあるけど……なぜだろう、胸がチクチク痛む。気にかけて欲しいとか? やだ、子供みたい……。 
 そりゃそうか。宮下さんにしてみたら他人ごとで、わざわざ気にするようなことじゃないよね。私のことなんか、いちいち意識して気にしてなんか……
「古川さん、ちょっといい?」
「はっ!」
 いつの間にか隣の席に戻ってきていた宮下さんに声をかけられて大げさに肩をびくつかせて驚く。
「ご、ごめん。脅かしたつもりないんだけど……フツーに声を……」
「ごめんなさい……今、私が普通じゃないんです……」
「え?」
 気持ちを落ち着かせようと短い深呼吸を繰り返す。
「えっと、用件はなんでしょう……?」
「うん。ちょっと手伝って欲しいことがあって。朝からごめんね」
「分かりました」
 仕事の話だと分かると気もひきしまって意味不明の動揺した気持ちも落ち着いてくる。……が。
「説明するから共有ファイル開いてもらえる?」
 身を乗り出して私のパソコンのディスプレイを覗き込む宮下さんの顔が急接近してガタっとイスを鳴らして崩れ落ちる。
「だ、大丈夫!? 古川さん!?」
「ご、ごめんなさい!」
 慌てて立ち上がって再び席につく。
 私……一体どうしちゃったの!? 仕事の説明で距離が近づくことはよくあることだし、それが宮下さんなら全く平気だってつい最近までそう思っていたのに……。宮下さんは真面目で清潔感があるから、下心丸出しでベタベタしてくる苦手なおじさんたちとは違って気持ちよく仕事が出来る。だから決して嫌なわけじゃない。
「私……なんだか今日、変みたいです……」
「えー?」
 宮下さんはクスクスと肩を揺らして笑うとにっと歯を見せて笑った。
「古川さんって、時々面白いよね」
 その笑顔がなぜだかいつもの何倍もキラキラと輝いて見える。本当にエフェクトがかかったように彼の周り一帯がキラキラしてるんですけど……。私は思わず額を抑える。熱は、なさそうだ。
「つ、疲れてるのかな……」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。ごめんなさい、続けてください」
「それは……どっちかな? 続けていいのかな?」
 その後もなぜか無駄に宮下さんのことを意識してしまってドキドキとして、何度も同じ説明を繰り返ししてもらうという失態をおかしてしまった。

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