熱愛には程遠い、けど。
定時になり事務所を出ようとすると、女性が事務所の中を覗いていて、すれ違いざまに彼女に会釈をして部屋を出るとすぐに呼び止められた。
「すみませーん。あの、宮下っていう社員が総務にいるって聞いてきたんですけど、今……」
「宮下さんなら今会議中で、終わりの時刻は未定になっていますが……」
「そうですか。すみません、足止めしてしまって! ありがとうございましたー!」
女性はサバサバとした態度と晴れやかな笑顔を見せると颯爽と立ち去って行った。そんな彼女を追うように私も足を進めたけど、エレベーターはすでに彼女を乗せて先にいってしまっていた。
黒髪のショートカットが良く似合う、おそらく年上の、私とは違う正規社員の女性だ。雰囲気だけで、バリバリ仕事をする空気が伝わってくるような人だった。宮下さんの知り合いかな? 前の部署で一緒に働いていた人ってところだろうか。
前の部署、ということは雅史さんも同じ部署だった頃の話で……。宮下さんと雅史さんが顔見知りだったなんて、すごい偶然。
そんなことをぼぉっと考えながらエレベーターに乗りロビーを通りぬけ会社の玄関口に差し掛かった時だった。
「お疲れ!」
突然背後から声をかけられ驚いて振り向くと雅史さんの姿があった。一瞬頭が真っ白になって言葉を失ったけど、すぐにはっと我に返る。
「お、お疲れ様! 帰り? 今日は、早いんだね……」
「あぁ。明日は朝から遠方に外出予定があって早朝出勤でさ。だから早めに帰ってきた」
「そうなんだ」
会社を出て自然と二人の足は最寄りの駅へと向かう。
何かしゃべらなきゃって思うのに、何も言葉が出て来なくて私は一人戸惑う。正直、今雅史さんと一緒にいるのは気まずい。
「杏奈の上司が宮下だったなんて驚いたよ。なんか……馴れ馴れしいオヤジって聞いてたから……宮下ってそんな奴だったっけ? 彼、まだオヤジっていう歳じゃないはず……」
「あ、それは違うの。それは春までの上司の話で……。うちの部署春に編成変更があって、それから宮下さんの下につくようになったからまだ三か月くらいの話で……」
雅史さんの口から宮下さんの話が出てさらに居心地が悪くなる。ただただ俯いて歩くことしか出来なかったけど、雅史さんの次の一言で思わず足が止まってしまった。
「杏奈の好きな奴って、宮下のこと?」
ドクンと大きく胸が高鳴って、握りしめた手に汗が滲む。
「……ごめんなさい!」
私は頭を下げた。
「私、今頭の中がぐちゃぐちゃで……気持ちも……。だから、こんな状態で結婚なんてとてもじゃないけど考えられないし、お付き合いも……続けていけないと思う……」
「とりあえず、頭を上げようか。道端だぞ?」
人目につく場所で伝えることじゃないとはっとして慌てて顔を上げる。幸い、周りの注目を浴びている感じはしない。通行人に聞こえていないか、それとも見て見ぬふりをしてくれているのかは分からないけど。
「……しかし急だな。杏奈の気持ちの変化に、俺まったく気が付かなかったよ」
「……ごめん」
自分でも突然のことすぎて、頭も心もついていけないのだ。数日前までは、数日後にこんなことになっているなんて思いもしなかった。
「分かった」
それは、結婚もお付き合いも続けられないと言う私の申し出を受け入れたと言うことだ。重みのあるその一言にズキンとした胸の痛みを感じたけど、私には何も言えなかった。
「でも俺、諦めないから」
「……え?」
「相手が宮下なら、まだ勝算あるかも」
「え……?」
「とりあえず、今日はこのくらいで。宣言するだけにしておく。嫌われたくないしね」
雅史さんは微かに目を細め大人の控えめな笑顔を見せると「じゃ、また」と言い先を歩き私を置いて行ってしまった。
「すみませーん。あの、宮下っていう社員が総務にいるって聞いてきたんですけど、今……」
「宮下さんなら今会議中で、終わりの時刻は未定になっていますが……」
「そうですか。すみません、足止めしてしまって! ありがとうございましたー!」
女性はサバサバとした態度と晴れやかな笑顔を見せると颯爽と立ち去って行った。そんな彼女を追うように私も足を進めたけど、エレベーターはすでに彼女を乗せて先にいってしまっていた。
黒髪のショートカットが良く似合う、おそらく年上の、私とは違う正規社員の女性だ。雰囲気だけで、バリバリ仕事をする空気が伝わってくるような人だった。宮下さんの知り合いかな? 前の部署で一緒に働いていた人ってところだろうか。
前の部署、ということは雅史さんも同じ部署だった頃の話で……。宮下さんと雅史さんが顔見知りだったなんて、すごい偶然。
そんなことをぼぉっと考えながらエレベーターに乗りロビーを通りぬけ会社の玄関口に差し掛かった時だった。
「お疲れ!」
突然背後から声をかけられ驚いて振り向くと雅史さんの姿があった。一瞬頭が真っ白になって言葉を失ったけど、すぐにはっと我に返る。
「お、お疲れ様! 帰り? 今日は、早いんだね……」
「あぁ。明日は朝から遠方に外出予定があって早朝出勤でさ。だから早めに帰ってきた」
「そうなんだ」
会社を出て自然と二人の足は最寄りの駅へと向かう。
何かしゃべらなきゃって思うのに、何も言葉が出て来なくて私は一人戸惑う。正直、今雅史さんと一緒にいるのは気まずい。
「杏奈の上司が宮下だったなんて驚いたよ。なんか……馴れ馴れしいオヤジって聞いてたから……宮下ってそんな奴だったっけ? 彼、まだオヤジっていう歳じゃないはず……」
「あ、それは違うの。それは春までの上司の話で……。うちの部署春に編成変更があって、それから宮下さんの下につくようになったからまだ三か月くらいの話で……」
雅史さんの口から宮下さんの話が出てさらに居心地が悪くなる。ただただ俯いて歩くことしか出来なかったけど、雅史さんの次の一言で思わず足が止まってしまった。
「杏奈の好きな奴って、宮下のこと?」
ドクンと大きく胸が高鳴って、握りしめた手に汗が滲む。
「……ごめんなさい!」
私は頭を下げた。
「私、今頭の中がぐちゃぐちゃで……気持ちも……。だから、こんな状態で結婚なんてとてもじゃないけど考えられないし、お付き合いも……続けていけないと思う……」
「とりあえず、頭を上げようか。道端だぞ?」
人目につく場所で伝えることじゃないとはっとして慌てて顔を上げる。幸い、周りの注目を浴びている感じはしない。通行人に聞こえていないか、それとも見て見ぬふりをしてくれているのかは分からないけど。
「……しかし急だな。杏奈の気持ちの変化に、俺まったく気が付かなかったよ」
「……ごめん」
自分でも突然のことすぎて、頭も心もついていけないのだ。数日前までは、数日後にこんなことになっているなんて思いもしなかった。
「分かった」
それは、結婚もお付き合いも続けられないと言う私の申し出を受け入れたと言うことだ。重みのあるその一言にズキンとした胸の痛みを感じたけど、私には何も言えなかった。
「でも俺、諦めないから」
「……え?」
「相手が宮下なら、まだ勝算あるかも」
「え……?」
「とりあえず、今日はこのくらいで。宣言するだけにしておく。嫌われたくないしね」
雅史さんは微かに目を細め大人の控えめな笑顔を見せると「じゃ、また」と言い先を歩き私を置いて行ってしまった。