熱愛には程遠い、けど。
「あれ? 古川さん一人? ラッキー」
 さっきまで宮下さんの座っていた隣に腰を下ろしたのは平岡課長だった。この人、馴れ馴れしくて苦手なんだよなぁ……。
 私は未使用のグラスを見つけて手に取ると、ビールを注いで平岡課長に手渡した。
「飲んでる?」
「はい」
 たった今届いたばかりのカクテルを飲んでそう答えた。
「古川さんって今いくつだっけ?」
「二十四です。今年五になります」
「若いな~。でもやっぱいいよなぁ、若い子は。可愛くて、見てて飽きない」
「あはは」
 返す言葉がなくてとりあえず笑っておく。大丈夫、今のは上手に笑えた。顔は引きつってないはずだ。
 心の中ではSOS。自然と宮下さんの名前を叫ぶ。
 そんな彼はと言うと……
 賑やかな輪の中で笑顔だ。隣には女性社員もいる。そうだよね、私のことなんて気にもとめてないよね。握りしめたグラスを口に運びぐいっとカクテルを勢いよく飲む。
「いい飲みっぷりだねぇ!」
「課長も飲みましょうよ!」
 しばらく平岡課長と飲みながら会話をして過ごした。お酒がすすむにつれセクハラまがいの発言も増えてきたけど、そこは笑ってスルー。このくらいのスキル、三年も働いていれば自然と身についた。
 でも、さすがに一時間が過ぎるとしんどくなってきた。
「いいじゃん、ねぇ! 古川さん、お願い!」
「それは、ちょっと……」
 連絡先の交換はさすがに嫌だ。というか、家庭がある身で会社の女と連絡先を交換してなにがしたいわけ?
 ひょんなことがきっかけで奥さんや家族に誤解を招くようなことがあったら嫌だ。そもそも……会社の外でまでこの人と繋がっていたくない。
「古川さんは真面目だなぁ、まぁ、そこも好きなんだけど」
「は、はぁ……」
 だめだ、もう限界だ。笑えなくなってきた。その時だった。
「じゃあさ、今からさ二人で抜けない?」
「……はい?」
 突然距離を縮めてきたと思ったら小声で言った。
「二人きりで飲みなおそうよ」
 さらに、テーブルの下で膝に置いた手を握りしめてきたのだ。
 もう、だめだ。
「ごめんなさい! と、トイレ!」
 私は突然立ち上がると部屋を飛び出した。靴を履いて二三歩進むとフラフラと壁に手をつく。少し飲みすぎちゃったみたい。外の空気をすおう。

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