熱愛には程遠い、けど。
 数分して宮下さんが戻ってきた。バッグを受け取るときに、「いてっ」と宮下さんが声を上げた。
「どうかしました?」
「あ、いや。今日さ、指を紙で切っちゃって。とりあえず行こう」
 足を進めるよう促され歩き出す。
「指見せてください」
 見せてもらうと人差し指に切り傷があった。バッグを受け渡すときに取って触れて痛んだんだ。こういう小さな傷って見た目以上に痛いんだ。
 私はバッグに手を入れごぞごぞと中身を探る。
「あった!」
「え?」
「絆創膏、貼ってあげます。指貸してください」
 一度立ち止まって、バッグの中から取り出した絆創膏をささっと傷口に巻きつける。
「はい、どうぞ。少しはマシになったでしょう?」
「あ……ありがとう」
「いえいえ」
 再び足を進め駅へと向かう。すると「よかった」と宮下さんが言った。
「よかった?」
「うん。いつも通りの古川さんだと思って」
「えぇっと……」
 さっきの私、酔っぱらってるだけじゃなくて、やっぱり様子がおかしかったよね。宮下さんには見抜かれてしまているようだ。
「古川さんって、実家暮らし?」
「いえ。一年目は一時間半かけて通勤してたんですけど、毎日の通勤ラッシュに心が折れて。今は最寄から三駅のところに一人で住んでます」
「あー……分かる。ラッシュいやだよねぇ」
「二階の角なんですけど、今上も横も人が住んでいなくて気遣わなくていいから快適なんです」
「そうなの? でもちょっと寂しくない?」
「寂しいって……赤の他人がいてもいなくても変わらないですよー」
 酔いもあっていつもより何倍も話している気がする。恋の相談までしてしまっている宮下さんだから、色々と自分のことを話せてしまうのもあると思う。
 居心地のいいこの時間がずっと続けばいいのに。
「危ない!」
 歩道のない道で、ヘッドライトの明かりに目を細めたと同時に腕を引かれた。猛スピードで走り去っていく車のエンジン音が耳に響いた。
「大丈夫?」
 はっとした時、宮下さんに密着する様にして彼の胸に触れるか触れないかの位置にいた。

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