熱愛には程遠い、けど。
 昼になるとようやく宮下さんが戻ってきた。昼休み中の室内は照明が落とされ、外に食べに出る社員がほとんどのためしんと静まり返っている。私はコンビニで買い弁派。いつも出社時に買って、昼は一歩も事務所から出ず自席で昼食を済ませる。
「何見てるの?」
 宮下さんがこちらへわずかに身体を傾けて私が机の上に堂々と開いている雑誌を差して言った。
「転職情報誌です」
「転職?」
 近距離での会話も、宮下さんなら平気。理由は彼には課長のような下心が一切感じられずいつもまっすぐ自然体で、同性と接しているような感覚に近いのも一つ。無駄に男をアピールするフェロモンのようなものは一切感じられないし、まだ若く清潔感漂う彼からはおじさんの匂いもそれをごまかす苦手な香水の匂いもしない。早い話、とても気楽に接することが出来る。
「古川さん辞めちゃうの?」
「契約最後の年なので」
「あぁ……そう。でも、希望すれば続けられるはずだけど」
「契約延長する人なんていないじゃないですか。恥ずかしい思いをするだけです」
「恥ずかしい?」
「結婚できなかったのね、って。周りからそういう目で見られるだけです」
「そうなんだ……僕にはよく分からない女の世界ってやつだ」
「そういうことです」
 会社としても次々と若い子を入れて社員の入れ替えをしたいはず。
 セクハラオヤジ相手にニコニコ愛嬌よくしていればそれだけでいい仕事なんて。やりがいも辞めることに未練を感じることもない。それでも次々とうちの会社を希望して入社してくる女性がいるのはやはり、会社の名前と給料をはじめとした待遇の良さだと思う。残業はなし、定時で帰れる。にも関わらずしっかりとボーナスも出る。
「三年って、あっという間なんですね」
「ん?」
「入社する前は三年も働けたら十分だ~ってよく考えず一番に内定が決まったこの会社に就職しちゃったんですけど……今は後悔してます。それに、今年25になるんですけど結婚なんてまだ全然考えられないし……」
 言葉の途中ではっとして口元を手で抑える。すると宮下さんが小さく吹き出した。
「今はここに僕しかいないから安心してよ」
「す、すみません……」
 宮下さん、話しやすいからつい……。会社の中で堂々と悪口を言ったらだめだよね。
「あれ? 宮下さん。シャツの袖、ボタンが取れかかってますよ」
「……あぁ。本当だ。朝転んだ時に……」
 やっぱり、転んでたんだ。
 さすがに笑うのは失礼だと思って、にんまりと頬だけを緩めてバッグからあるものを取り出す。

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