熱愛には程遠い、けど。
「なんなの、もう! 告白の時といい今日といい……もっとこう、その時々に適したムードってもんがあるでしょう!?」
「ご、ごめ……」
「それに遅いよ! 私春から再就職して、小さい会社だけどそれなりに責任のある仕事を任せてもらえるようになってきてやっとこれからって時に……!」
「そ、そうか、じゃあ……って、うわっ!」
 思わず駆け出して、ベッドの上の明生君に飛びついて押し倒した。
「でも、嬉しい……!」
 ぎゅうっと力いっぱい抱きついて彼の胸に顔を押し付ける。ポンと私の頭に置かれた手が優しく撫でる。
「私でいいの?」
「うん。俺にはもったいないくらいだよ。美人で家庭的で優しくて」
「そんな……」
「クールに見えて、実は甘えんぼで寂しがり屋のかまってちゃんで……」
「や、やだ……!」
「俺だけが知ってる杏奈。俺の杏奈ちゃん」
 力強く抱きしめる腕の中で私の顔は真っ赤っだ。でもとても幸せ。
「仕事はしばらく続けていい?」
「もちろん」
「少人数のとこだから育休とかは無理そう。だから子供ができるまでは……」
「子供欲しいの?」
「うん。明生君との子供、絶対に産みたい。パパになった明生君見たいの」
「……」
「あ、子供嫌いだっけ? 大丈夫。自分の子供なら可愛いよ、そういうもんだよ」
「うん」
「そろそろ起きよ? お腹空いたよ……あっ」
 起き上がろうとすると体が反転して押し倒される格好になった。服の上から体をなぞられてびくりと反応してしまう。
「ちょ……ね、ねぇ、ご飯食べないの?」
「食べるよ。でも先に杏奈から」
 なぜか突然スイッチが入ってしまったらしい。ご飯のことが少し気になったけど、求められて拒めるわけがない。あたたかくて優しい、触れ合うことが心地いい。
 互いの手が触れると自然と指をからめてぎゅっと握り合ったその時。
 ぐぅ~きゅるるる……
 甘いムードに静まり返った部屋に、そのムードを一瞬で壊してしまう緊張感のない音が響いた。
「杏奈……」
「うん……」
「お腹空いた」
 キスまであと数ミリの距離で、真剣な眼差しのままそう告げられて、私は明生君の両ほほを思いきりつねった。
「いっいいいいっいはいよぉ~」
 もうっ! なんなのよ!
 えいっと明生君を押して彼をベッドに倒すと私は立ち上がって用意してある朝ごはんのもとへいく。イスに座ってベッドの上で起き上がって両ほほを抑える彼を見て思う。
 今までの恋愛とまるで違う。結婚後も誰もが思い描くような甘い新婚生活はのぞめないのかもしれないけど、それでも私は、彼が好き。
「悔しいけど大好き!」
 投げやりで可愛くもなんともない突然の私の告白に、明生君は頬を染め満面の笑みを浮かべた。

(おわり)

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