熱愛には程遠い、けど。
「直してあげます。すぐ出来ちゃうんで」
「えっ、いいよ。自分でやるから貸してもらえれば……」
「利き手側ですよ? どうやって?」
「脱いで……」
「こんなところでストリップしないでください」
「ぶっ!」
 豪快に吹き出した宮下さんはそのまま明るい笑い声を上げた。私はソーイングセットから針を取り出して糸を通す。
「動かないでくださいね」
「……器用だね~。やっぱ女の子だなぁ」
「男だと思ってたんですか?」
「そ、そういうわけじゃないよ」
 あっという間にボタンをつけ直すと、宮下さんは「わぁ~!」と感動した様子で袖についたボタンを眺めている。私はそんな彼を見て得意気な笑みを見せる。
 誰にでもこんなことをするわけじゃない。この会社に勤める他の女性たちみたいに器用なところを武器にして男に媚を売るなんてこと自分は嫌いだ。こんなことが出来るのは、相手が宮下さんだから。
「宮下~! 朝頼んだ書類の記入終わったぁ?」
 昼食から戻った課長が、まだ昼休みは残っているにも関わらず私たちの間に割って入ってきた。
「書類……?」
「まだ寝ぼけてんの? もう昼だぞ。朝、古川さんに伝えてもらった件だよ」
 私ははっとして慌てる。しまった、朝伝えようと思ったんだけど言いそびれて……!
「ご、ごめんなさ……」
「あー! ごめんなさい。さっき戻ったばっかでまだ手つけてなくて。すぐやります!」
 課長からのイヤミな小言を黙って聞く宮下さんの隣で私はただ俯いて口を閉じる。
 宮下さんが私をかばってくれたのは間違いない。課長が去ると私はすぐに頭を下げた。
「ごめんなさい、私のせいで……!」
「いいよ。朝、何か伝えようとしてくれてたのを聞かずに行っちゃったのは僕の方だから。気にしないで」
 にっこりとほほ笑む宮下さんにつられて、私もほっと胸を撫で下ろして微笑む。
「……で。書類はどこかな? もしかして、この山の上に置いちゃった?」
「えっと、一番上に……」
 宮下さんの指先が書類の山の上に触れると、その衝撃で書類の山が崩れ、他の山も巻き込んで大雪崩……。
「……悪いんだけど、探すの手伝ってくれる?」
「まずは机の上を片付けてください。手伝います」
「……はい」
 私は腕をまくり上げて、昼休みはまだ終わっていないけどすぐに散らばった書類の整理を手伝う。

 頼りなくて、上からは怒られている情けない姿ばかり見ているけど。それでも私はこの人が嫌いじゃない。その理由はやっぱり、一言では語れない。

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