熱愛には程遠い、けど。
私には十歳上の恋人がいる。
同じ会社の海外事業部に勤めるエリートだ。外国の一流大学を卒業後、就職してからは出生街道まっしぐら。社内の優秀な人物に贈られる数々の賞に毎年名を連ねている。
そんな彼との出会いは、入社してすぐ。たまたまその年が会社の設立五十周年の記念すべき年で大規模なパーティーが行われたその場で。
アプローチをしてきたのは彼の方からだ。どうせ遊ばれているのだと半信半疑のまま押し切られて付き合うことになり、いつ捨てられるのかと思いながら付き合いを続けていてもう一年以上が経過している。今では相手のことは信用しているし、かけがえのない大切な存在だ。
「どうしたの? 杏奈(あんな)。ぼーっとして」
「あ、ごめん。私、どんな仕事が向いているのかな~と思って」
「仕事?」
仕事帰りに会った日は大抵、ご飯を食べてから一人で暮らす彼の部屋に寄る。この日もいつものデートコース。最後は彼の部屋で飲み直していた。
彼はすでにほろ酔い気分でソファに座る私にワインの入ったグラスを手渡すと、一人分の間を空けて隣に腰掛けた。
「ほら、今年度で仕事の契約満期じゃない? まだ少し早いけど、今から次のこと考えて動いておかなくちゃと思ってさ」
「杏奈はどんなことがやりたいの?」
「それが……特に思い浮かばないというか。あ、でも働きたい気持ちはあるの」
「そっか」
彼、黒木 雅史(まさふみ)さんは手に持つグラスに口をつけないままテーブルに置くと私の方へと身体を向けた。そんな彼と、私はグラスに口をつけながらの状態で目が合う。
堀の深い整った顔立ちと大人の魅力漂う甘いマスク。今自分が酔っているのも手伝ってじっと見つめられるとドキドキしてしまう。
「杏奈」
「うん。何?」
「遅かれ早かれ言おうと思っていた。結婚しないか?」
「え?」
突然告げられた全く予想も期待もしていなかった言葉。あまりの衝撃に頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。
雅史さんは立ち上がると部屋を出て行きすぐに戻ってきた。そして私に小箱を手渡した。
震える指先でそのリングケースを開くとダイヤモンドの輝きが目に飛び込んできた。
「会社のパーティーで、まだ入社したてで初々しくまだどこか幼さの残る可愛らしい外見の君が堂々と取締役やVIPを相手に案内役をスマートにこなしている姿を見て一目ぼれをした。あれから何度もアプローチをして、やっと夏の終わりに付き合えることになって今日で一年八か月」
「……あ。そっか……覚えてたんだ」
「ほんとは二年の記念日とか。区切りがいい日がいいかなと考えていたけど、先の仕事のことを考えてる杏奈の話を聞いていたら今がその時かなと思った」
雅史さんは膝の上に置いた私の手を取ると、もう一度「結婚しよう」と言った。
沈黙が流れる。緊張感漂う息苦しいこの空気を打ち消すように雅史さんがほほ笑んだ。
「驚いてる?」
「ご、ごめ……。突然のことで、私……」
「うん。答えは急がない。ゆっくり考えて」
「でも……」
「いいんだ。俺、自信あるから」
「自信?」
「うん。絶対に杏奈を幸せにする自信。幸せに出来るのは自分以外にいないって」
誠実でマメで、普段はとことん優しいのに、時々こうして強気な一面を見せる。そのギャップに気持ちを攫われた付き合いはじめの頃を思い出した。
「ありがとう。嬉しい。気持ちの整理がつくまで待って」
「うん」
雅史さんとの間に出来た距離を縮めて彼の肩に寄りかかるように頭を乗せた。彼の手が私の肩を抱き寄せ髪を撫でる。
幸福に満ちたこのひと時は私にとってかけがえのないもの。
雅史さんからのプロポーズの返事は一つしかない。それなのに、どうして……
同じ会社の海外事業部に勤めるエリートだ。外国の一流大学を卒業後、就職してからは出生街道まっしぐら。社内の優秀な人物に贈られる数々の賞に毎年名を連ねている。
そんな彼との出会いは、入社してすぐ。たまたまその年が会社の設立五十周年の記念すべき年で大規模なパーティーが行われたその場で。
アプローチをしてきたのは彼の方からだ。どうせ遊ばれているのだと半信半疑のまま押し切られて付き合うことになり、いつ捨てられるのかと思いながら付き合いを続けていてもう一年以上が経過している。今では相手のことは信用しているし、かけがえのない大切な存在だ。
「どうしたの? 杏奈(あんな)。ぼーっとして」
「あ、ごめん。私、どんな仕事が向いているのかな~と思って」
「仕事?」
仕事帰りに会った日は大抵、ご飯を食べてから一人で暮らす彼の部屋に寄る。この日もいつものデートコース。最後は彼の部屋で飲み直していた。
彼はすでにほろ酔い気分でソファに座る私にワインの入ったグラスを手渡すと、一人分の間を空けて隣に腰掛けた。
「ほら、今年度で仕事の契約満期じゃない? まだ少し早いけど、今から次のこと考えて動いておかなくちゃと思ってさ」
「杏奈はどんなことがやりたいの?」
「それが……特に思い浮かばないというか。あ、でも働きたい気持ちはあるの」
「そっか」
彼、黒木 雅史(まさふみ)さんは手に持つグラスに口をつけないままテーブルに置くと私の方へと身体を向けた。そんな彼と、私はグラスに口をつけながらの状態で目が合う。
堀の深い整った顔立ちと大人の魅力漂う甘いマスク。今自分が酔っているのも手伝ってじっと見つめられるとドキドキしてしまう。
「杏奈」
「うん。何?」
「遅かれ早かれ言おうと思っていた。結婚しないか?」
「え?」
突然告げられた全く予想も期待もしていなかった言葉。あまりの衝撃に頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。
雅史さんは立ち上がると部屋を出て行きすぐに戻ってきた。そして私に小箱を手渡した。
震える指先でそのリングケースを開くとダイヤモンドの輝きが目に飛び込んできた。
「会社のパーティーで、まだ入社したてで初々しくまだどこか幼さの残る可愛らしい外見の君が堂々と取締役やVIPを相手に案内役をスマートにこなしている姿を見て一目ぼれをした。あれから何度もアプローチをして、やっと夏の終わりに付き合えることになって今日で一年八か月」
「……あ。そっか……覚えてたんだ」
「ほんとは二年の記念日とか。区切りがいい日がいいかなと考えていたけど、先の仕事のことを考えてる杏奈の話を聞いていたら今がその時かなと思った」
雅史さんは膝の上に置いた私の手を取ると、もう一度「結婚しよう」と言った。
沈黙が流れる。緊張感漂う息苦しいこの空気を打ち消すように雅史さんがほほ笑んだ。
「驚いてる?」
「ご、ごめ……。突然のことで、私……」
「うん。答えは急がない。ゆっくり考えて」
「でも……」
「いいんだ。俺、自信あるから」
「自信?」
「うん。絶対に杏奈を幸せにする自信。幸せに出来るのは自分以外にいないって」
誠実でマメで、普段はとことん優しいのに、時々こうして強気な一面を見せる。そのギャップに気持ちを攫われた付き合いはじめの頃を思い出した。
「ありがとう。嬉しい。気持ちの整理がつくまで待って」
「うん」
雅史さんとの間に出来た距離を縮めて彼の肩に寄りかかるように頭を乗せた。彼の手が私の肩を抱き寄せ髪を撫でる。
幸福に満ちたこのひと時は私にとってかけがえのないもの。
雅史さんからのプロポーズの返事は一つしかない。それなのに、どうして……