Beautiful Life ?
 いつのまにか眠ってしまったようだ。気がついた時には寝心地のいいベッドの上。先に目を覚ました絵里は起き上がって隣で穏やかな寝息を立てる辻合に目を向ける。部屋はまだ薄暗く背を向けている彼の顔は見えないけれど、寝具からはみ出た肩や背中、そしてこの腕に抱きしめられたと思うと思い出すだけでまた身体が熱くなった。
 好きだと言ってもらえて、抱きしめてもらえてまるで夢のようなひと時だった。もう一度触れたかったけど、触れたら消えてしまいそうで怖くなって手を引っ込めた。
 馬鹿ね、夢の時間はもう終わったのに。絵里はふっと自嘲するような薄笑いを浮かべる。
 絵里は静かに部屋を出て着替えると、すでに帰国の準備を済ませてあった荷物を持ってアパートを出た。

 空港に着く頃には陽はすっかりのぼり、ニューヨークへ来た初日のような晴れやかな青空が広がっていた。
 出発ロビーの電光掲示板には絵里が搭乗する飛行機が表示されている。搭乗アナウンスが流れても絵里は動こうとしなかった。
 自分で決めたことだ、後悔はしない。
 恋は楽しむだけでいい。夢はやがて覚めるもの。毎日一緒にいてうまくいかなかったのに、離れたらうまくなんかいきっこない。身を滅ぼすような辛い恋はもうたくさん。
 絵里はずっと頭の中で繰り返し言い聞かせていた。
 今、絵里の頬を静かに伝う涙が辻合への思いが本気の証拠。でも絵里の心の傷は深く癒えるのにはまだ日が浅い。思いが深くなるほど今の絵里には辛かった。
 絵里は頬を伝う涙を指でさっと一度に拭った。そして立ち上がり口角を上げた。

 ニューヨークで素敵な恋をした。捨てたもんじゃない。私の人生、まだまだこれからよ。

 大きな歩幅で搭乗口に向かう。背筋を伸ばして前を向いて。
 絵里の第二の人生はまだ始まったばかりだ。


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