Beautiful Life ?
「でも絵里ったらもったいないなぁ。旅行先でドラマのようなロマンチックな出会いを果たしたのに……」
「……うん。ちょっと出会うのが早すぎたわ。あと互いを知り合う時間もね。もうちょっと離婚してから時間が経って、一緒に過ごせる時間が長かったらよかったかなぁ」
絵里は結婚から離婚を経てニューヨークへ旅行へ行きその地で出会った男性との恋の話をすべて包み隠さず打ち明けていた。語りながらの態度も表情も清々しくすべて吹っ切れているように見えた。美景はそんな絵里の態度に安心する。
「よかった、元気で」
「うん! もうすっかりね。新しい恋も募集中だし?」
絵里はにっと歯を見せて微笑むと手でパタパタと顔付近を仰いだ。
「部屋暑い?」
「え?」
友人との久々の楽しいひと時に気分が高揚しているせいもあると思うが、絵里の頬が少し赤いことに美景は気づく。美景は部屋に置かれた温度計を確認したが少し肌寒いくらいだ。
「ううん、大丈夫よ」
「さっきから思ってたんだけど顔、赤くない?」
絵里は自分の頬に手を当てる。たしかに少し熱いように感じる。
「もしかして風邪引いてるんじゃない? 季節の変わり目は体調を崩しやすいって言うし」
「体調は特に問題ないんだけど」
「ちょっと待ってて」
美景は席を外すと体温計を持って戻ってきた。体温計を受け取り熱を測ると37度5分。
「やっぱり。熱があるじゃない」
「微熱だね。37度台ならたいしたことないわ。気づかないくらいだし」
「だめよ、こじらせたら大変。病院に行くべきだわ」
「大丈夫、大丈夫」
絵里はちらっと壁に掛けられた時計に目をやる。美景の家に来て二時間が経過。そろそろ美景の娘が統幼稚園から帰ってくる時間だろう。
「そろそろ帰ろうかな。ごめんね、長居しちゃって。あと念のために部屋の換気とうがいしてね」
気づかなかったとは言え美景はもちろん、美景の娘に風邪を移したら大変だ。申し訳ないと態度をあらわにする絵里に美景は「変わらないね」と言って柔らかな笑みを見せた。
「何が?」
「絵里のさりげない気遣い、昔から好きよ」
「そう? 普通じゃない?」
「でもきっと、誰に対しても気をつかいすぎるから辛い思いもたくさんしてきたんだろうね」
美景の今の台詞は絵里の終わった結婚生活のことを差して言っているのだろう。美景が自分のことをよく知って理解してくれていることが伝わってきて絵里は嬉しかった。
美景は「あっ!」と何かを思い出したように声を上げると「ちょっと待って」と言いペンとメモを持ち出してきた。
「やっぱり病院には行った方がいいわ。いい内科を知ってるの。絵里の自宅からも近いわ。うちは小児科でお世話になってるんだけど内科も併設しているところだから」
美景は娘の診察券を見ながらクリニックの名称や住所、電話番号をメモする。そして絵里はそのメモを受け取って読み上げた。
「西野クリニック?」
「えぇ」
「有名なの?」
「……えぇっと」
美景は一瞬口ごもると「ピンとこない?」と言った。美景の言おうとしていることにまったく見当がつかない絵里は首をかしげる。そんな絵里を見て美景は小さく吹き出す。
「とにかく、絶対に行きなさいよ」
「う、うん」
絵里は何か突っかかりのようなものを感じながらも素直に「ありがとう」と告げメモを丁寧にバッグにしまった。
「そろそろ帰るね」
「うん」
素敵なインテリアに囲まれたリビング。花と家族写真が飾られた広い玄関。美景とは手を振って玄関で別れる。
「じゃあ、また」
見晴らしのいい地上15階の景色に目を向けながらエレベーターに乗り込んだ。
エレベーター内に流れるクラシック音楽。清潔で広いロビー。
素敵なマンションだなと絵里は心の中で呟いた。
美景が幸せな毎日を送っていることは彼女の表情を見れば一目瞭然だった。
そんな美景がうらやましくないと言ったら嘘だ。でも絵里は他人をうらやんで卑屈になったりはしない。
まだまだこれからだ。自分の人生を価値あるものにできるかどうかは自分次第。
「……うん。ちょっと出会うのが早すぎたわ。あと互いを知り合う時間もね。もうちょっと離婚してから時間が経って、一緒に過ごせる時間が長かったらよかったかなぁ」
絵里は結婚から離婚を経てニューヨークへ旅行へ行きその地で出会った男性との恋の話をすべて包み隠さず打ち明けていた。語りながらの態度も表情も清々しくすべて吹っ切れているように見えた。美景はそんな絵里の態度に安心する。
「よかった、元気で」
「うん! もうすっかりね。新しい恋も募集中だし?」
絵里はにっと歯を見せて微笑むと手でパタパタと顔付近を仰いだ。
「部屋暑い?」
「え?」
友人との久々の楽しいひと時に気分が高揚しているせいもあると思うが、絵里の頬が少し赤いことに美景は気づく。美景は部屋に置かれた温度計を確認したが少し肌寒いくらいだ。
「ううん、大丈夫よ」
「さっきから思ってたんだけど顔、赤くない?」
絵里は自分の頬に手を当てる。たしかに少し熱いように感じる。
「もしかして風邪引いてるんじゃない? 季節の変わり目は体調を崩しやすいって言うし」
「体調は特に問題ないんだけど」
「ちょっと待ってて」
美景は席を外すと体温計を持って戻ってきた。体温計を受け取り熱を測ると37度5分。
「やっぱり。熱があるじゃない」
「微熱だね。37度台ならたいしたことないわ。気づかないくらいだし」
「だめよ、こじらせたら大変。病院に行くべきだわ」
「大丈夫、大丈夫」
絵里はちらっと壁に掛けられた時計に目をやる。美景の家に来て二時間が経過。そろそろ美景の娘が統幼稚園から帰ってくる時間だろう。
「そろそろ帰ろうかな。ごめんね、長居しちゃって。あと念のために部屋の換気とうがいしてね」
気づかなかったとは言え美景はもちろん、美景の娘に風邪を移したら大変だ。申し訳ないと態度をあらわにする絵里に美景は「変わらないね」と言って柔らかな笑みを見せた。
「何が?」
「絵里のさりげない気遣い、昔から好きよ」
「そう? 普通じゃない?」
「でもきっと、誰に対しても気をつかいすぎるから辛い思いもたくさんしてきたんだろうね」
美景の今の台詞は絵里の終わった結婚生活のことを差して言っているのだろう。美景が自分のことをよく知って理解してくれていることが伝わってきて絵里は嬉しかった。
美景は「あっ!」と何かを思い出したように声を上げると「ちょっと待って」と言いペンとメモを持ち出してきた。
「やっぱり病院には行った方がいいわ。いい内科を知ってるの。絵里の自宅からも近いわ。うちは小児科でお世話になってるんだけど内科も併設しているところだから」
美景は娘の診察券を見ながらクリニックの名称や住所、電話番号をメモする。そして絵里はそのメモを受け取って読み上げた。
「西野クリニック?」
「えぇ」
「有名なの?」
「……えぇっと」
美景は一瞬口ごもると「ピンとこない?」と言った。美景の言おうとしていることにまったく見当がつかない絵里は首をかしげる。そんな絵里を見て美景は小さく吹き出す。
「とにかく、絶対に行きなさいよ」
「う、うん」
絵里は何か突っかかりのようなものを感じながらも素直に「ありがとう」と告げメモを丁寧にバッグにしまった。
「そろそろ帰るね」
「うん」
素敵なインテリアに囲まれたリビング。花と家族写真が飾られた広い玄関。美景とは手を振って玄関で別れる。
「じゃあ、また」
見晴らしのいい地上15階の景色に目を向けながらエレベーターに乗り込んだ。
エレベーター内に流れるクラシック音楽。清潔で広いロビー。
素敵なマンションだなと絵里は心の中で呟いた。
美景が幸せな毎日を送っていることは彼女の表情を見れば一目瞭然だった。
そんな美景がうらやましくないと言ったら嘘だ。でも絵里は他人をうらやんで卑屈になったりはしない。
まだまだこれからだ。自分の人生を価値あるものにできるかどうかは自分次第。