Beautiful Life ?
 30分ほど待たされ、裕子の名前が呼ばれて診察が終わり戻ってきた時、待合室には絵里だけだった。
 会計を済ませて、クリニックに隣接している調剤薬局に向かおうとすると診察室から白衣を着た男性が出てきた。
 柔らかに微笑む、優しげな雰囲気の年老いた男性だった。

「長くお待たせしてすみませんね。どうぞお大事にしてください」
「先生、ありがとうございました」

 裕子が頭を下げると「気を付けてお帰りください」と丁寧に一言告げ、男性は去って行った。

「今の人、ママを診てくれた先生?」
「えぇ、そうよ」
「そっかそっか。やっぱそうだよね」
「?」

 裕子は絵里が先生が立ち去って行く方向をじっと見つめながら頷き納得する姿に疑問を持ったが、聞いても「別に?」とはぐらかされそれ以上は何も聞かなかった。

 薬局で処方箋の受け取りを待っている時に、保険証がないことに気付いた。

「受付の人が忘れたみたいね。私が行ってくる。ママは薬を受け取っておいて」

 絵里は裕子を薬局に置いて急ぎ足でクリニックへと戻る。外の明かりはまだついていたし正面玄関の自動扉も動いてた。しかしロビーの明かりは半分くらいになっていて受付にスタッフの姿はなかった。
 しんと静まり返った夜の病院。誰かいませんかと声を出してみようにも人の気配も感じられない。ヒールの音がやけに大きく響くこのフロア内の雰囲気に圧倒されたのか声が出せなかった。

「どうかされましたか?」

 突如背後から男性の声がして大げさにびくりと肩が揺れた。
 低く、心に響く素敵な声。誰だろう。
 絵里は恐る恐るゆっくりと振り返って目の前の男性の姿を目にした時、この場所だけ時間が止まったような感覚に陥った。
 時間が止まって、一気に過去に遡って行くような不思議な感覚。

「小坂?」
「西野君……?」

 時が止まったような感覚に陥っているのは彼も同じ。二人は学生時代の同級生だった。卒業以来久々の再会だった。

「どうかした?」
「あ、さっき……母が診察を受けたんだけど保険証を返してもらってなくて」
「分かった、ちょっと待ってて」

 絵里はスタッフ出入り口から中へと入って行く西野の後姿を目で追う。

「(あの頃と変わっていない)」

 西野智也は育ちの良さがにじみ出た品のある眉目秀麗と言う言葉がぴったりの外見をしている。人当たりが良く秀才で、生徒会長を務める人気者だった。絵里は当時西野に片思いをしていたが、とても絵里が手を伸ばせる存在ではなかった。
 一気にあの頃にタイムスリップしたかのように、当時の彼の姿や思い出が自分の中に流れ込んできた。同時に当時の恋心を思い出して少しときめく。絵里は過去のキラキラとした思い出を胸ににんまりと頬を緩めた。



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