Beautiful Life ?
 入社後三か月間は残業をさせないというのがこの会社の決まりらしい。中途採用といえど例外ではない。定時を少し回ったところで絵里は「お先に失礼します」と残業をする社員に頭を下げて事務所を出た。
 九月下旬。昼間は上着を着なくても過ごせるが朝晩は風が冷たくなってきた。絵里は羽織っているジャケットのボタンを留め急ぎ足で待ち合わせの場所まで向かう。会社は大通りに面していて通行量も多い。一本脇道に入った場所で路駐をして待っていると昼にメール連絡が入っていたのだ。
 ハザードランプが点滅した目的の車を見つけて小走りで駆け寄る。窓を開けて外を眺めていた人物の前に立ち「待たせてごめんなさい」と一言告げると助手席側へと回る。
 助手席に乗り込み微かに息を切らしている絵里に向かって「急がなくてもよかったのに」と穏和な様子で告げる人物は西野だった。

「会社、こんなに早く出てきちゃってよかった?」
「大丈夫。新人はしばらく残業できないの」
「新人?」

 自分の病院が休みの今日、デートに誘ったのは西野だった。時間は絵里に合わせると言って時間を指定したのは絵里だった。

「あ、仕事のこと話してなかったね。私中途で、今の会社で働き始めてまだ10日くらいなの」
「転職? 今多いよな」
「えぇっと……」
「でも転職で大手に入れるなんて、小坂さん優秀なんだ」
「高校時代、成績はイマイチだったけどね。……誰かさんと違って!」
「え? 俺?」

 互いに肩を揺らしゆっくりと車は発信する。
 再会してから二人で会うのはこれで二回目だったが、一度目の食事の日から毎日のようにメールや電話のやりとりをしているためだいぶ打ち解けているのが分かる。ただやはり顔を合わせるとなると互いに少し照れくさく、目を合わせる回数は少ない。

「前は何をしてたの?」
「えっと……CAなんだけど」

 嘘ではないが8年も前の話だ。その働いていない8年の間、結婚をしていたことを絵里はまだ西野には打ち明けていなかった。タイミングがなかったのもある。今、打ち明けるにはいいタイミングだと絵里は悟る。

「まじで! すごいじゃん。色んな国に行けるよな?」
「うん。国際線だったから……」
「ほとんど海外に行ってる感じ?」
「そうだね。こっちに戻ってきても休日の半分は時差ボケの調整で終わっちゃう感じかな」
「ということは、英語ペラペラ? あ、たしか小坂さんって大学……」
「うん。ハワイの大学に行ってるから。大学は海外に行ってこっちに戻ってきてもすぐに就職。友達と疎遠になっちゃうのも無理ないわよね」

 しかし予想外の西野の食いつきにタイミングを逃す。
 昔の友人を思い出しながら時々目を向ける西野の横顔が、自分がかつて憧れていた頃の西野に重なって見える。急にバツイチであるという事実を伏せてしまいたくなった。この間は簡単に打ち明けようとしていたのに。絵里は心境の変化に戸惑いを感じていた。
 そんな絵里の心情を知る由もない西野との会話はどんどんと進む。CA時代の話がひと段落つくと同時に車が赤信号で停車した。

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