Beautiful Life ?
「小坂さんが転職していなかったら、再会は出来てもこうやって互いの予定を合わせて会うことは難しかったわけだ」

 絵里は「そうね」と口にしながら隣の西野と目を合わせた。しっかりと目を合わせるのはこの日初めてだったかもしれない。そのせいか急に変な緊張感に襲われて絵里は固まってしまった。そんな絵里に追い打ちをかけるような西野の言葉。

「良い時に再会できた。ツイてる」

 真っ先に「どういう意味?」と口から出そうになったが、すぐに言葉の真意を察して言葉に詰まる。ちょうどいいタイミングで動き出す車。視線が離れて絵里は小さく息を吐いた。
 ざわつく胸の内。
 西野は絵里が昔思いを寄せていた相手だ。それも手の届かない遠い存在。再会しても昔と変わらない西野に対して昔のような恋心はなくても、自分にはもったいない特別な人間であると言う意識はある。そんな西野が自分を特別扱いしているとうぬぼれるなどおこがましいのにも程がある。絵里はそう思っていた。
 だが、先日次も二人で会いたいと言った西野の言葉。彼の方から積極的に送られてくる連絡の数々。そして今日の西野の態度。絵里が戸惑うのも無理はなかった。

 食事を済ませ、絵里を自宅まで送り届ける車中の二人の雰囲気は、夕方会った時に比べ気取った様子がなくフランクだった。同じ時間を過ごす中で会話を通じて互いを知り合い、笑いのツボが合うことや最近読んだ本が同じだったことなどささいなことが積み重なって距離が縮まっていく。この時間が楽しくて、もう少しだけ一緒にいたいと思うほどだった。

「明日も仕事なのに遅くまでごめん」
「仕事なのは西野君もでしょ? それに、時間もまだ10時前じゃない」

 全然遅くなんてない。西野の気遣いが嬉しかった。
 絵里の自宅前に着き、絵里はこの間同じシチュエーションで裕子が現れたことを思い出して自然と車を降りようとする気持ちが早まった。「それじゃあ」と言って足早に車を降りようとすると声をかけられドアに手をかけたところで止まる。

「今日も楽しかった。ありがとう」
「ううん、こちらこそ。今日も送ってくれてありがとう」

 体制を元に戻して丁寧に礼を告げる。じっとひたむきな視線を送ってくる西野と目を合わせたら、瞳に吸い込まれて閉じ込められたように身動きが取れなくなった。

「迷惑じゃないかな。色々と。……分かっているんだ、自分が浮かれていることは」

 迷惑? 浮かれている? 絵里は西野の言葉の意味が分からずそのまま黙って目を合わせる。

「昔好きで密かに憧れていた人が、あの頃の面影を十分に残したまま突然また自分の前に現れたから冷静になれていないって」

 西野は真っ直ぐな瞳でそう告げると、柔らかな笑みを口元に浮かべて「おやすみ」と言った。絵里は表情一つ変えず「えぇ、おやすみなさい」とだけ告げると車を降りた。
 背中の向こうで車が走り去るエンジン音が遠ざかって行く。小さくなっていくエンジン音と対照的に大きくなる絵里の胸の鼓動。絵里はしばらくその場から動くことができなかった。

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