Beautiful Life ?
 二次会に松永の行きつけだというバーにやってきたのは絵里を含め5名だった。酔っぱらって気分が高揚している絵里と松永以外の社員は、バーに着くなりマイクを持ってカラオケを楽しんでいる。
 松永が「ママ」と呼ぶ50代の女性が一人で経営するこのバーは、松永など馴染みの常連客だけを相手に商売しているような小さなバーだった。

「ママ、小坂さんにお勧めのカクテル作ってあげてよ」
「まーた若い綺麗な子連れて。お嬢さん、金持ってるオヤジには気をつけなさいよ?」

 冗談にハハハと声を上げて笑う松永とママの隣で、絵里の笑顔は明らかに引きつっていた。冗談に聞こえなかったからだ。
 ママがカラオケを楽しむ他の社員にデュエットをしようと呼ばれ絵里たちの元を離れると、突如松永がテーブルの上に置いた絵里の手を取った。
 酒の席ではよくあることだ。過去に経験もある。我慢できずに騒ぎ立てるなど社会人として失格だ。そう頭では分かっているのに、今の絵里には耐え難い仕打ちだった。
 松永は妻帯者だ。妻もいて、他人から聞いた話だと子供もいて、家庭があるのに他の女にうつつをぬかしている男が許せない。家で待つ家族のことを思うとたとえ他人でも心が痛む。
 かつては絵里も、外で女を作って帰ってこない夫を待っていた身だからだ。
 
「小坂さんってバツイチなんだって? 理由は? こんなに綺麗な人と別れる男の気がしれないな」

 松永のもう片方の手が、スカートの上から絵里の太ももを撫でた。絵里の我慢は限界に達した。

「……うっ」

 突如絵里がせき込みだす。口元を抑えて、顔色も悪い。

「ど、どうした? 大丈夫か?」
「ごめんなさい……飲み過ぎちゃったみたいで……急に、気持ちが悪くなってきてしまって……」

 半分本気、半分は演技。絵里はなんとかその場をやり過ごす。
 体調が悪そうな絵里を気遣って、周りから帰った方がいいとの声が出始める。松永も絵里の顔色が悪いのを目の当たりにして「無理をさせてしまったね、すまない」と言ってママにタクシーを呼ぶよう指示をした。

「大丈夫です。少し外の空気を吸いたいので歩いて帰ります」
「でも。じゃあ誰か、駅まで送って……」
「ここ地下鉄の駅も近いし、乗っちゃえばすぐ家なので」

 絵里は松永の厚意をやんわりと断る。借りを作りたくなかった。

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