Beautiful Life ?
09
手渡されたホットの缶コーヒーを絵里は礼を言って受け取る。エンジンを切った車内はまだほんのり温かいがすぐに冷えるだろう。
飲み物を買いに外に出た西野が戻り会話は再開する。
「別れた前の奥さんは学生時代の友人なんだ。よく恋愛の相談をされたよ。いつも男に泣かされているような人だった」
西野はアームレストに肘を置いてじっと前方を見つめている。はっきりとした口調で止まることなく話は続く。
「長い友人関係も気づけばお互いいい歳になっていて、急に異性として意識しあう瞬間があって。それからは早かったよ。付き合って、三年前に結婚してすぐに子供も授かって。当たり前のような幸せな毎日。でも、長くは続かなかった。……生まれた子供の血液型が、俺たち夫婦からは生まれ得ない血液型だった」
絵里はじっと前を向いたまま目だけを見開いた。一瞬、息が止まるような感覚さえ覚えるほどの衝撃だった。
「結婚する直前に、俺と付き合う前に付き合っていた男と会っていたらしい。一度だけ。その時に……一方的なものだと聞いたよ。彼女の意思を無視した行為だったって。でもまさかその時の子だとは彼女は思ってもいなかったみたいで酷くショックを受けて憔悴しきった。責任を感じた彼女からはすぐに離婚の申し出があった。でも前の男とは連絡も取れず先の生活のことも何も見えない状態で。悪いのは男とは言え黙っていた彼女のしたことは許せることじゃない。でも長い付き合いで好きで結婚した人だからすぐに見放すことは出来なかった。話しあっているうちに子供が生まれて一年が経過していた。早いようで長い、地獄のような一年だった」
静寂の中、互いに息を飲む音さえも伝わる。
「結局一年どんなに話し合っても最終的に別れると言う判断に行きつく。子供を保育園に預けて彼女が働きに出られるようになってから離婚が成立。でももうその時になると、子供は親が誰かが分かるようになっている。俺のことを父親だと思って今も懐いてる。自分の子じゃないけど一年面倒を見て可愛いし、本気で父親になっちゃおうかって考えたこともあったけど彼女への愛情は消えてしまっていたからそれは難しかった」
今でも元妻や子供と会っているのはなぜだろう。その疑問を絵里は口に出して聞くことは出来なかったが、しなくとも西野は続けて説明した。
「今でも会ってるのは子供が喘息持ちで、時々通院してうちで診てたんだ。俺に出来るのはそれくらいしかないから」
「……今後も?」
「いや。彼女、三ヶ月前に仕事で転勤になって遠方に行くことになったんだ。もう会うことはないだろう。彼女にも、子供にも。子供には理解できる歳になったら本当のことを説明すると言っていたよ」
三ヶ月前というと、絵里が西野と元妻と娘を目撃した頃だ。あの日が最後だったのだろう。二度と父親だと信じている西野に会えなくなることも知らず、無邪気に笑っていた少女の笑顔を思い出すと絵里は胸が痛んだ。残酷だ、そう思ったがこの結末は仕方がない。西野は悪くない。彼が一番傷ついているということを絵里は理解していた。
「昼のドロドロしたドラマみたいな。信じられないくらい残酷で辛いことは現実に起こり得るんだ」
「……そうね」
しばらくの沈黙。二人はもう一度、自分自身が経験した地獄のような日々を思い返していた。消せない過去。深く胸に残る傷。
途切れた会話を再開させたのは西野だった。
飲み物を買いに外に出た西野が戻り会話は再開する。
「別れた前の奥さんは学生時代の友人なんだ。よく恋愛の相談をされたよ。いつも男に泣かされているような人だった」
西野はアームレストに肘を置いてじっと前方を見つめている。はっきりとした口調で止まることなく話は続く。
「長い友人関係も気づけばお互いいい歳になっていて、急に異性として意識しあう瞬間があって。それからは早かったよ。付き合って、三年前に結婚してすぐに子供も授かって。当たり前のような幸せな毎日。でも、長くは続かなかった。……生まれた子供の血液型が、俺たち夫婦からは生まれ得ない血液型だった」
絵里はじっと前を向いたまま目だけを見開いた。一瞬、息が止まるような感覚さえ覚えるほどの衝撃だった。
「結婚する直前に、俺と付き合う前に付き合っていた男と会っていたらしい。一度だけ。その時に……一方的なものだと聞いたよ。彼女の意思を無視した行為だったって。でもまさかその時の子だとは彼女は思ってもいなかったみたいで酷くショックを受けて憔悴しきった。責任を感じた彼女からはすぐに離婚の申し出があった。でも前の男とは連絡も取れず先の生活のことも何も見えない状態で。悪いのは男とは言え黙っていた彼女のしたことは許せることじゃない。でも長い付き合いで好きで結婚した人だからすぐに見放すことは出来なかった。話しあっているうちに子供が生まれて一年が経過していた。早いようで長い、地獄のような一年だった」
静寂の中、互いに息を飲む音さえも伝わる。
「結局一年どんなに話し合っても最終的に別れると言う判断に行きつく。子供を保育園に預けて彼女が働きに出られるようになってから離婚が成立。でももうその時になると、子供は親が誰かが分かるようになっている。俺のことを父親だと思って今も懐いてる。自分の子じゃないけど一年面倒を見て可愛いし、本気で父親になっちゃおうかって考えたこともあったけど彼女への愛情は消えてしまっていたからそれは難しかった」
今でも元妻や子供と会っているのはなぜだろう。その疑問を絵里は口に出して聞くことは出来なかったが、しなくとも西野は続けて説明した。
「今でも会ってるのは子供が喘息持ちで、時々通院してうちで診てたんだ。俺に出来るのはそれくらいしかないから」
「……今後も?」
「いや。彼女、三ヶ月前に仕事で転勤になって遠方に行くことになったんだ。もう会うことはないだろう。彼女にも、子供にも。子供には理解できる歳になったら本当のことを説明すると言っていたよ」
三ヶ月前というと、絵里が西野と元妻と娘を目撃した頃だ。あの日が最後だったのだろう。二度と父親だと信じている西野に会えなくなることも知らず、無邪気に笑っていた少女の笑顔を思い出すと絵里は胸が痛んだ。残酷だ、そう思ったがこの結末は仕方がない。西野は悪くない。彼が一番傷ついているということを絵里は理解していた。
「昼のドロドロしたドラマみたいな。信じられないくらい残酷で辛いことは現実に起こり得るんだ」
「……そうね」
しばらくの沈黙。二人はもう一度、自分自身が経験した地獄のような日々を思い返していた。消せない過去。深く胸に残る傷。
途切れた会話を再開させたのは西野だった。