あなたのヒロインではないけれど
――婚約者。
ガン、と石で頭を殴られたようだった。
……氷上さんは……ゆみ先輩と……婚約してるんだ。
それ以上聞くに耐えられなくて、居酒屋の店内に入るとすぐトイレに駆け込んだ。
個室に入り込むと、鍵を掛けてからその場にうずくまる。
(氷上さんは……婚約してた……ほらね、やっぱり。私に特別な好意も何もない……私には……)
わかって、た。
わかっていたはずだし、抑え込んできたつもりだったのに……。
(どうして……)
右手の薬指に嵌め込まれた指先は、蛍光灯の柔らかい光を受けて輝いてる。それが次第にぼやけて、ポタリと透明な滴が落ちた。
「バカだ……私……なんで……また……叶わないのに……好きになっちゃったんだろう……本当に……バカだ」
ぽたぽたと、絶え間なく涙が指輪を濡らす。
今は、ただ、ただ。声を押し殺して泣くしかなかった。