あなたのヒロインではないけれど
第5話~おばあちゃんと桜の花びら



紙袋を手に築50年は経つ木造の家の玄関を開ける。脇にある沈丁花の大木の季節ももう終わりで、微かな薫りが昔を偲ばせる。鍵を手にした瞬間、すぐ後ろから声をかけられた。


すぐ隣に住む顔馴染みの加藤さんだった。帽子を被り紺色の繋ぎを着た彼は50近い農家のご主人で、私も幼いころは可愛がってもらったことがある。


「和子さんは今日は畑で見ないが、病気か何かかね?」

「いえ……でも。腰が痛いと聞きましたので、お手伝いに来ました」

「そっかぁ。結実ちゃんも遠くから偉いねえ。よし、和子さんが悪いならわしらが交代で様子を見てやるから。安心しなって和子さんに言っといてくれや」

「あ、ありがとうございます」


加藤さんの申し出にありがたく頭を下げてから、合鍵を使って家の中に入ると、変わらない樟脳の香りが鼻をつく。板の間を通って右側にある和室の障子を開けると、おばあちゃんは布団に横になってた。


「おばあちゃん、おはよう。体はどう?」

「ああ、結実かい。ちょっと腰が痛くてねえ……体もちょっとばかりえらいもんでね」


しわがれたおばあちゃんの声に、疲れた色が滲んでる。おじいちゃんが残した畑を守ろうと、一人で農作業を頑張ってたんだろうな。


「今日は後からお兄ちゃんとお姉ちゃんも手伝いに来てくるって。お母さんは午後から。だから、一人で何でも頑張っちゃ駄目だよ?」

「ほうか……みんなが来てくれるか……すまないねえ」


おばあちゃんはしわくちゃの顔を更にシワシワにしながら、涙を流して喜んでくれた。


「そうだよ。近所の人たちも交代で手伝ってくれるって。だから、無理しないで休んでてね」


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