あなたのヒロインではないけれど
とっさのことに、頭がついていかないけれど。自分が彼の胸に顔をぶつけたということは理解した。
「ご……ごめんなさい!」
いくら予想外に手を引かれたとしても、氷上さんの胸に飛び込むなんて! と一気に顔が熱くなる。
なるべく体を離そうとしながら、私は彼に声を掛けた。
「気分が悪いんですか? なにか欲しいものがあれば買ってきますけど……あ、でも」
そうだ、と私は頭を振る。
「ごめんなさい……図々しいですよね。私……友達でもないのに……これから来る恋人さんに失礼ですよね」
私がそう言った瞬間、ピクリと氷上さんの手が震える。やっぱり気になるんだなぁってちょっとだけ寂しくなったけど。これ以上はここに居ちゃダメだ……と腕を引いた。
「氷上さん、私は帰ります……大切な人に誤解させちゃいけませんから」
「……大切な……人」
ボソッと呟いたあと、氷上さんはようやく顔を上げたから。私は「そうですよ」と力なく笑った。
「氷上さんの、大切なひとです。私なんかライバルにもならないでしょうけど……それでも一私は応女ですから。変に誤解させたら……」
話してる途中で、視界が暗くなり、あれ? と思ったら。すぐ間近で微かな呟きを聞いた。