あなたのヒロインではないけれど
「ゆみ……」
切なげな、懇願するような。そんな声で――氷上さんは……最愛の人を呼ぶ。
彼に抱きしめられたんだ、と理解した時。同時に、彼は私ではない誰かを――彼女を抱きしめているんだ、と解ってもいた。
「ゆみ……」
どうして、そんなふうに呼ぶの?
あなたと彼女は相思相愛の婚約者のはずなのに。
幸せで……永遠を約束した二人なのに。
なぜ、恋人を。一生をともにする人を。渇望するように呼ばなければいけないの?
まるで……永遠に手に入らないみたい。
そんなこと、あり得ないのに。
あなたたちはずっと一緒だった。中学生でもアメリカに追いかけるほど彼女を愛して……それなのに。
「ゆみ……」
ぎゅっと息苦しいほど抱きしめられて。それはゆみ先輩への重いの強さ……。
悲しくて寂しい……だけど。
今は、今だけでも代わりに。
ゆみ先輩として、あなたを抱きしめる。
「貴明……」
「ゆみ……」
躊躇いながらも、そっと彼の背中に手を回して抱きしめた。
そして、彼女なら言うだろう言葉を口にする。
「貴明、私はいつでもそばにいるから……あなたが望むまで……ずっと」
「……ゆみ」
氷上さんはほんの少しだけ安堵した顔をすると、そのまま瞼を閉じて寝入ってしまった。
ホッとして抜け出そうとしたけれど、がっちりと抱きつかれて離してくれない。
(どうしよう……ゆみ先輩が来たら)
そんな心配をしたけれど、それは杞憂で明け方まで誰かが来ることはなかった。