あなたのヒロインではないけれど
「仕事はどうですか?」
ようやく氷上さんが話を切り出してくれて、アイスティーから手を離した。
「あの……皆さん、とてもいい方ばかりで……楽しくお仕事をさせて頂いてます」
「でしょうね。今回のチームは気心が知れた人ばかりなので……」
氷上さんはいつもの穏やかな笑みで、手元のホットコーヒーに手を着ける。不思議なことに、彼はどんなに暑くてもホットコーヒー以外飲まない。
「……お世辞でない、というのはわかります。鵜野さんは本当によく馴染んでますから」
こちらこそありがとうございます、と氷上さんはお礼まで言って下さったけど。彼が次に出した話題こそが本題だった。
「ところで……鵜野さん、あなたには悩みがありませんか?」
真面目な顔で問いかけられて、ドキッと心臓が跳ねた。どうして氷上さんにそんなことが解ったのだろう?
仕事中は私情を挟まないと決めていた。それが大人として社会人として当然だし、お給料を頂く以上は個人的な事情や感情を出すことはタブーだと考えてそう努めてきたはず。
……特に、氷上さんに私のことを知られないように。気づかれないように。思い出されないように。最大限の努力をしてきた。
それなのに、なぜ氷上さんは私が悩んでいると気付いたんだろう?
本心は嬉しいけれど、認める訳にはいかない。だから、私は最初に否定しておいた。
「ど、どうしてですか? わ、私は別に……悩みなんて」