あなたのヒロインではないけれど







「なぜ……こんなことに」


翌日の午前10時――


とある駅のコンコースのベンチに私は居ました。


「すみません、お待たせしてしまいましたか?」


エスカレーターでなく階段を上がってきた氷上さんは、小走りで私のもとへ。かなり急いだのか、息が弾んで汗をかいてる。

「よ、よかったらこれを」


用意しておいたハンカチタオルを渡すと、「ありがとうございます」と彼は遠慮なく汗を拭く。

水色のギンガムチェックのシャツに、モノトーンカラーのデニムを合わせて、足元はたぶん有名なメーカーのスニーカー。いつものきっちりした彼しか見たことがないから、カジュアル感が新鮮でドキドキが止まらないのだけど。


どうしても、ひとつだけはっきりさせたいことがあって氷上さんを見上げた。


「あ……あの……」

「はい?」


訊き辛いけれど、これだけはきちんとしておかなきゃ。あらぬ誤解をされないためにも……と、彼の意識を確認するために口を開く。


「あの……これも、仕事のため……なんですよね? 仕事の延長で、必要だから。ですよね?」

「ええ。昨日お話しさせていだだいた通りに、次の企画としてアースィの別のシリーズものを考えてもよろしいのではないかと。おそらく、数字が出れば次の話は出るはずですからね」


にっこり、と氷上さんは笑顔でそつのない言葉を並べ立てました。

< 138 / 245 >

この作品をシェア

pagetop