あなたのヒロインではないけれど
「今日は、ありがとうございました」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう」
夜7時。氷上さんの「送って行くよ」との申し出をお断りした後、駅のコンコースでお別れするための挨拶をした。
(ううん……とっても楽しかったし、幸せだった。今まで知らなかったあなたに触れることができたから)
昼食の後は二度とないことだから、と午後からは思いっきり楽しんだ。
20年近い片想いはそう簡単に吹っ切れるものではないけれど、今日を最初で最後の楽しい思い出として記憶しておくために。
氷上さんも私を本物の恋人のように優しく気遣い、とことん甘やかしてくれた。
……幸せだった。
こんなふうに二人きりで本物の恋人のように過ごせるなんて。夢のようで。
たとえ1日限りの儚い幻でも……そこに本物の想いがなくとも。本当に、幸せだった。
これで……私は氷上さんと普通の仕事仲間に戻れる。
「それでは……おやすみなさい」
ペコッと頭を下げて氷上さんの元から立ち去ろうとしたのだけど……。
なぜか、彼は足早に私に近づいてきた。
「……せめて、送るよ。お迎えが来るまでは」