あなたのヒロインではないけれど




「キャンディ、ただいま」


玄関先でまとわりつく愛猫に、氷上さんは苦笑しつつも嬉しそうだ。


「お……お帰りなさい」

「ただいま」


厚かましくもキャンディに乗じてお迎えすれば、氷上さんは優しく笑ってそんなふうに言ってくれる。


憧れて……憧れて。どれだけ想っても叶わなかった人を、こうしてお迎え出来るなんて。何の奇跡なんだろう。


「今日は、いい匂いだね。もしかしてチキンバターカレー?」

「あ、はい。鶏肉が安かったので」

「そうか、楽しみだけど……いつも済まないね。でも、ありがとう。君の手料理が楽しみで残業も頑張れるんだ」


氷上さんはごく自然に私の髪の毛を指ですくと、頭に口づけてから一度自室へ向かう。


……心臓、爆発するかと思った。


氷上さんはこういうコミュニケーションにずいぶん手慣れてるなって感じて凹むけど。アメリカにいたんだし、私と違って恋人がいたことがあるんだから。いちいち意識する方がおかしい。氷上さんにとってあんな触れ合いは単なる挨拶がわりで、私は自意識過剰……ってやつだ。きっと。


そう。だって……私たちは付き合ってる訳でなくて。氷上さんが言ったように、どこまでいっても“仕事仲間”なだけだから。

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