あなたのヒロインではないけれど
「もちろん、無理にお願いすることはありません。結実さんの都合もあるでしょうし」
ですが、と氷上さんは手にした桜のチャームを眺めながら言葉を継ぐ。
「……これだけの素晴らしいセンスを、ぜひ別の分野でも活かしていただければ……と思います。この女性ならではの繊細な視点。男である私ではとても難しいでしょう」
どうしてか、氷上さんは熱の籠った目で私のチャームを見てる。たとえ一目で気に入ったとしても、女性ならともかく男性である彼がそんなに見入る意味がわからない。
それに。
なぜ、だろう。
氷上さんはいやに熱心に私を誘ってくる。新しい企画に関して何か特別な思いでもあるのかな?
「あの……社内の女性ではいけませんか? 私はデザインに関しては素人ですし。そちらには専門のデザイナーさんやもっと詳しい方がいらっしゃるはずです。私は下手の横好きで、ただ趣味で作り続けているだけですし」
いつから、だなんて明かせない。氷上さんが仮に皐月先輩としても、私との接点はあの二度の邂逅なだけ……とても憶えてるとは思えないけど。今も彼はあのストラップを持ってる。
私がそれを贈った女の子だなんて知られたくないし、気づかれたくない。
大丈夫。あれから10年も経つのだし、今の私は真湖の手で別人なくらい変わってる。もう会わなければ気付かれることもないのだし、幾ら氷上さんが企画を成功させたくても、私のような素人より役立つ人はたくさんいる。断わったって誰も困りはしない。