あなたのヒロインではないけれど





観賞会のあったあの夜――


氷上さんから初めてキスをされた。


驚いたし、なぜという思いがあったけれど。


一番心を占めたのは……


嬉しいという思いと、悲しいという感情。それらが半々で、ない交ぜになってた。


生まれて初めてのキスを恋い焦がれた人と、だなんて。ときめかないはずがない。幸せだったし、喜びを感じた。


けれど――同時に。彼の気持ちは私の上にない、と痛いほどに理解していたから。とてもとても悲しかった。


あの時、氷上さんはお酒が入ってた。意識はハッキリしていたし、酩酊はして無かったけれど。酔ってないという保証はなくて。あのキスは酔った勢いで……としか思えない。


だって、結局泊まった翌朝。彼は何も言って来なかった。それ以来その事に触れてもこないし、きっと寝て忘れる程度の。なんでもない出来事。


もしかすると、彼はキス魔で。度々同じことを繰り返していたのかも。だったら、さほど大事でもないし。騒ぐほどのことじゃない。自意識過剰ってやつだ。


(そうだよね……氷上さんにとってはただの事故。単なる仕事仲間の私とキスなんて、思い出したら迷惑だし不愉快に決まってる)


もう、あんなことがないように気をつけないと。ゆみ先輩に失礼だし、悲しませることになってしまう。大好きな彼女にそんな思いをさせたくはなかった。

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