あなたのヒロインではないけれど







イルカに変身したアースィは、広い広い海の中を自由に泳いでいました。


こんなに素晴らしい世界があるなんて! なんて素敵でしょう。

輝く太陽の下で、イルカのお姫さまと泳ぐのはとても楽しかったのです。


(けれど……アースィは気づいてませんでした。彼にずっと憧れていたちっぽけな女の子に……)


決して付け足せない文章を、心の中だけで呟いた。


スケッチブックに描いた青い空と海は綺麗な色なのに……私の心はきっと醜い色をしてる。


カラン、と色鉛筆をダイニングテーブルの上に放り出す。


「みゃあ」


キャンディがトントン、とすねを叩いて遊ぼうと促してきた。


「キャンディ……ごめんね。そんな気分にはなれないの」


イスに座ったまま白猫を膝に乗せて毛を撫でると、キャンディは喉をゴロゴロ鳴らし丸くなる。その体を撫でながらぼんやりと前に目を遣ると、向かい側の席に居るべき人の姿はない。


既に冷めきっただろう夕食が、被せたラップに水滴を作ってる。 時計を見れば午後11時過ぎ。


今までは……どんなに遅くたって……夜の10時までには帰ってきてたのに。


きっと、今もまだゆみ先輩と……最愛の人と一緒なんだ。


覚悟していたはずなのに、想像するだけで耐えられなくて。テーブルの上に顔を伏せた。

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