あなたのヒロインではないけれど
「今日は本社の会長が視察に来るからしっかり仕事しろよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
翌日SS社に出社した私を待っていたのは、結城さんと仲田さんのそんなやり取りだった。
その日は久しぶりに最初から氷上さんがいて、顔を見た時に心臓が飛び出すかと思えた。
カギを返したことでなにか言われるかと身構えていたのに、彼はいつものように「おはよう」と笑っただけで。何も触れることはない。
がっくり来たけれど、何を期待したのと自分を叱りつけた。
(こんな場所でプライベートなやり取りする訳にはいかないし、第一私と彼はただの仕事仲間……勘違いしちゃいけない。氷上さんは今までは気まぐれで相手をしてくれていただけ。私もしたかったことをしただけ。
お互い大人なんだから……何もなかったことにすればいい)
そう、氷上さんは私が行かなくなったから困るような人じゃない。むしろ恋人とヨリを戻したなら、マンションに違う女がいない方がいいに決まってる。
彼が私を引き止めたり名残惜しい気持ちになることはない……絶対に。
“ユーミ。ユミの偽物サン”
ネイサンさんの嘲りが今になって鋭い痛みを胸に走らせ、思わず胸を押さえた。
やっぱり……彼が私を気にかけたのは……名前が似ていたからだけなんだろうな。
それ以外、彼にとって私は何の価値もなかった。