あなたのヒロインではないけれど
「結実さんは、いかがですか?」
「え?」
「もしもご都合が悪ければ、今回は諦めますが……」
氷上さんが私を見下ろしてくる視線に、なぜか切なげなものを感じて。キュッと胸が締め付けられた。
まるで、迷子のような。悲しくて心細い……何かにすがり付きたいとでも言いたげに。
いい年をした大人の男性なのに。ほぼ初対面の私に……なぜ? どうしてそんな瞳を向けるの?
キュッと両手を握りしめる。差し出された手を、取ってはいけない。また自ら苦しむ道を選んでは……。
だけど……だけど。
“あなたしかいない”――。
氷上さんの揺れる眼差しが、そう私に訴えてきている。
どうして、私なの?
私なんて……ただ手芸が好きなだけの地味な女なのに。あのひとと比べて、何の取り柄もないのに。
まるで、何年ぶんの葛藤や苦悩が一度に来たようだった。駄目だ、やっぱりこの人に近づいてはいけない――そう思ったのに。
「……ゆみのために、作りたいのです。最高の……作品を」
氷上さんの……その言葉が、すべてを覆してしまった。
やはり、氷上さんは皐月先輩だった。“ゆみ先輩”の留学で、共にアメリカへ渡るほど彼女を愛した。
「……わかり……ました。大したことは出来ないでしょうが……お手伝いいたします」
なぜ、この時承諾してしまったのだろう。
けれど……
氷上さんがとても嬉しそうに微笑んでくれたから。やっぱり彼には笑っていて欲しいと……バカな私は。それだけで嬉しく幸せな気持ちになってしまってたんだ。