あなたのヒロインではないけれど
「安心してください。もう氷上さんには近づかないので」
SS社の仕事場で偶然二人だけになった時、ネイサンさんにそう告げておいた。
「へえ、どういう風の吹き回し? わざわざボクに言うなんて」
「……ユミさんとお話しましたから」
私がそのことを告げると、ネイサンさんは冷たい顔を一変させて。なぜかとても苦しげな……切ない表情になる。
「……そう……ユミと会ったンダ」
ネイサンさんはそれ以降何も言わず、ただ黙々と仕事を続ける。一心に……何かを忘れたいかのように。
思い詰めた様なネイサンさんの様子に、もしかしてと私の中であった疑念が確信に変わる。
……ネイサンさんも……ゆみ先輩のことが好きなんじゃないかと。
ずっと氷上さんとゆみ先輩を見守って……思いが叶わないなら、せめて二人が幸せになって欲しいと願って。
けれど、ゆみ先輩はデイヴィッドというフィアンセがいる。氷上さんのことは兄弟位にしか思っていない。
きっと、ネイサンさんもずっと秘めた想いを告げられなくて苦しんできたんだ……私よりもずっと長い時間を。
私は、思わずネイサンさんの手のひらを自分の手のひらで包む。彼は睨み付けてきたけれど……その瞳の奥に、同じやるせない悲しみを見た。
「……わかってます……あなたの気持ちも……つらいですよね……」
ポロッ、と落ちた涙が手のひらを濡らすけれど。ネイサンさんは黙って重なった手を見る。
そのまま……彼も何かにすがるように。声を押し殺し涙を流した。