あなたのヒロインではないけれど
「結実ちゃん、これよかったら……」
兄の婚約者である菜月さんが、白いコートを持ってきてくれた。
ふわふわで厚いのに軽い。結構良いものを、もう使わないからと譲ってくれたんだ。
「すみません、本当に」
「ううん、いいの。大切な義妹(いもうと)が風邪を引いたりしたら大変だから」
優しく笑う菜月さんの笑顔は中学時代から変わらない。彼女は今どき珍しいストレートの黒髪ロングでほっそりとした体つき。
かつてのゆみ先輩みたいに……
(いけない……涙が出そう)
抱きつくようにコートを抱えると、涙を誤魔化すために顔を埋めた。
「おいおい、結実そんなに嬉しいのか? 菜月からのプレゼントが」
ひょこっと顔を出したお兄ちゃんがからかうように言うと、菜月さんが怒ってくれた。
「健太くん! そんな風に言わないの。ほら、結実ちゃんも笑って! あんな兄の言うことは気にしちゃダメ」
「菜月~あんな兄ってどんな兄だよ?」
「知りません」
「あはは! 健太お兄様立場弱すぎ! 早速尻に敷かれる未来が想像できるわ。あ~可笑しい!」
きゃあきゃあと賑やかな家族の中にいて幸せ……だけど。兄は来春菜月さんと新しい生活を始めて、私は来月からN県で独り暮らしをする。
もう、こんな時間はそうそう持てないんだな……って思うと。寂しいし悲しいけど。乗り越えなきゃいけないんだと涙を拭った。
「そうだよ、お兄ちゃん! 頑張らなきゃ。一家の主になるんだからね」