あなたのヒロインではないけれど



きっと、そうだ。


あのままだと私はどこまでも落ち込んで、ぐずぐず泣いてたかもしれない。それが、氷上さんに“形ある謝罪とお礼”の方法を示されたから。一心に叶えようとした。


今も、さほど落ち込まずカフェオレを美味しいと思ってる。


(私って案外ず太いのかも……)



罪悪感を忘れかけていたのは落ち込んだけど。氷上さんの思わぬ優しさに、ホロリと涙がこぼれる。


それに。


彼は、嫌な顔ひとつせず自転車起こしを手伝ってくれた。


倒れた自転車を起こすだけなら簡単かもしれない。


でも、折り重なり倒れた何十台もの自転車を起こす作業は予想外の重労働だ。


まず、自転車同士のハンドルやサドルやスタンドにペダル、場合によってはチェーンやかごなんかが車輪やフレームとパズルみたいにぴったりハマったり食い込みあって、すぐに外れない場合も多い。


少ないスペースに何十台も停めているから、重なりあった自転車を起こすだけでかなりの力も要るし重労働。しかも油やいろんな汚れもあるのに。日が暮れた2月の寒空の下で、自分の責任でもないのに30分も黙々と作業をしてくれたなんて。


(やっぱり……変わらない……“タカアキくん”……は。何一つ変わってないよ)


今晩、氷上さんは……


私が贈ったチョコレートを、開けてくれるのだろうか?


彼の横顔をちらっと眺めると、なぜか微笑まれ。慌ててカフェオレを飲むふりをする。


ダメだ……心臓がおかしくなりそうなくらい苦しい……。


(ダメ……好きにならない……なっちゃいけない。私は……“ゆみちゃん”の夢を叶えるんだから……氷上さんのしあわせのために……)


だから、絶対、好きにならない。


傾きそうな気持ちに、必死に蓋をして閉じ込めた。


……たとえ、無駄とわかっていても。


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