恋蛍~君の見ている風景~【恋蛍 side story】
明日、記憶が戻ってしまうのではないか。


記憶が戻ったら、海斗が離れて行くんじゃないか。


毎日、怖かったのかもしれない。


それでもあたしに海斗を会わせてくれたその気持ちを思うと、これ以上不安にさせることはできないと思った。


「帰ったら葵ちゃんに伝えて。あたしもいちばん星見つけたよって」


「え?」


「伝えてくれたら、葵ちゃん分かると思う」


「いちばん星、ですか」


海斗が首を傾げながらも真っ直ぐ見つめてくる。


真っ黒な瞳に吸い込まれないように、やっとの思いで微笑んだ。


あたしのいちばん星。


「彼、今月、帰国するの」


はっきりした日にちは分からない。


でも、もうすぐ潤一が帰って来る。


「彼が帰って来たら、あたしたち、結婚すると思う」


海斗の瞳がくるんと黒く輝いた。


「そう、なんですか」


「うん」


「おめでとうございます」


微笑んだ海斗がすっと手を差し出した。


「幸せになってください」


あたしはその手を握り返した。


「ありがとう。海斗も」


もう一度握手を交わし、あたしたちはどちらからともなく、それが極自然なことのように手を離した。

< 106 / 223 >

この作品をシェア

pagetop